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    <title>街達</title>
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    <updated>2011-12-02T12:55:53Z</updated>
    
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    <title>加藤 正幸</title>
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    <published>2011-12-02T12:51:07Z</published>
    <updated>2011-12-02T12:55:53Z</updated>

    <summary> 畳文化、今むかし。 元々、『へり』のある畳というのは、江戸期なんかには特権階級...</summary>
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        <name>情報マーケット</name>
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        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/photo01.png" />
<br />
<br />
<h3 class="Title21">畳文化、今むかし。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/image01.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
元々、『へり』のある畳というのは、江戸期なんかには特権階級のみに許されたものだったんです。今、私たちが一般的に目にしている『へり』のある畳は、位の高い人の家でしかお目にかかれないものだったんですね。あとは、へりの色によっても階級の違いがあったりして、畳にもそんな歴史があるんですよ。」<br />
宇都宮市平出にある、加藤畳店は、創業88年という、畳店の老舗。3代目の加藤さんは、家業の畳店を守り続けて14年目となる。<br />
「へりのある畳に段々飽きが来て、またインテリアの趣向も和風だけじゃなく色んなバリエーションが増えて、へり無し畳の需要はここ最近、高まってきてるんですよ。」<br />
へりの無い畳は、紙で作っているという。丈夫なのが特徴で、特に人気なのが、市松模様の状態に色の変化を付けていくタイプ。<br />
「最近は、インテリアも洋風が主流になってきましたが、それでも部屋の一角には和風テイストの空間が残っていたりして...そんな和室に合う畳として人気が高いんですよ。<br />
現代風の流れを残すためには、少しずつ工夫していかないと、なかなか若い人達には受け入れてもらえない。『畳離れ』対策の一つと言えます。」<br />
市松模様に組み上がった畳部屋のサンプル写真をいくつか拝見した。<br />
斬新でモダン。これなら30代〜40代にも受けがいいのも頷ける。<br />
「時々ね、畳って並べていくだけでしょ？、というような言われ方をするけれど、どんな家もちょっとした歪みがあるし、誤差がある。だから、一つとして同じ家は無いんです。その中で、畳屋の仕事というのは、規格ものと思われがちですがそうではないんです。千差万別の家屋に、畳を隙間無く、それこそ一枚一枚違う長さの畳を加工しつつ、きっちりと埋めていく...それが腕の見せ所なんですよ。」
</p>

<h3 class="Title21">畳業に求められる、緻密な作業。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/image02.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
元々は脱サラして始めた家業。先代の父親が現役でやっていた頃は、正にバブルの絶頂期だった。数え切れないほどの日本企業が海外進出を果たすような好景気の中、地道に畳業に専念する父親の姿を見て、家業もいいなと思えたそうだ。<br />
「先代の祖父も、うちの父親も根っからの職人ですから、遊びに連れて行ってもらった記憶などはありませんね。26歳の頃に私もこの道に入りましたが、やはり身内だから求めることが厳しいし、毎日試行錯誤、ケンカばかりです（笑）。現代の畳の多くは機械作業なんですが、親父たちの代は手作業が当たり前。父の寸法の取り方、手直しの仕方などをよく研究して、何度も繰り返し練習しました。言葉では全く教えてもらえなかったですね、見て覚えるのが当たり前でしたから。」<br />
畳職人の仕事には、想像を超えた緻密さが求められる。家造りにおいてちょっとした誤差が出た時、例えば大工なら、現場で少し柱を切るなどし、その場で調整することも可能だが、畳屋ではそれが不可能となる。<br />
「6畳間は必ずどこかに歪みがありますからね。長年済んでれば当然だし、新築物件といっても曲がりが必ずある。畳1枚、同じように見えて実は全て寸法が違うんですよ。」<br />
緩いと隙間が出る。かといって、大きくても入らない。畳の配置においては、どちらも決して許される状況ではない。必要な寸法をその都度調整していく地道な作業。縮める作業も例えば1.5mmの場合なら、3枚重なる場合は0.5mmずつ緩める...など緻密さを極める。もちろん取り扱う材質によっても違いが出てくる。<br />
「特に人気のへり無し畳なんかは、紙製なんで、い草の畳とも違うんですよね。実際、誰もが作れるものではないんです。余分のあそびを見つつ、生地の厚みによっても調整します。正直、長年の勘でやってるとしか、言いようがないこともありますね。」
</p>

<h3 class="Title21">畳業を取り巻く、厳しい現状。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/image03.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
畳職人において、最高レベルの資格とされるのが「一級畳製作技能士」だ。<br />
「ただし、取る人はすごく少ないんです（笑）。2年に1度行われる試験なんですけど、決まって真夏の暑い時期に行われる、過酷な試験なんですよ（笑）。まっさらな床面に対しての一畳間に全て手作りで畳を作っていくんですけど、暑さに耐えながらの作業です。正直現在、一級を取得している職人はほとんどいないんじゃないでしょうか...。特に若い世代の人はいないですね。それと中間の30〜40代もいないんですよね。」<br />
畳業界は、縮小の一途をたどっている。住宅事情においても、和室の部屋というのはたいてい一室のみ。畳需要の絶対数自体が激減した。<br />
「実際、家業をやっていても継がない、継がせないという状況にまでなっていますね。今後の需要が見込めないから継がせない、という考え方です。悲しいことに、後継者を作らないような流れになってきています。元々家業からこの世界に入るのが当たり前の業界ですからね、新しく始める、飛び込んで修行するというパターンはまずないんですよね。」<br />
そんな現状を流れるままにしていては、益々衰退の一途をたどると、加藤さんが編み出したのが前述した「へり無し畳」と、それを市松模様に組み上げるスタイルだ。その他、畳で作った雑貨やインテリア小物も新しく生み出した。加工も楕円になっていたり大変珍しいもので、素人目にどのように処理加工されているのか、思わず手にとって眺めてしまう。贈り物として喜ばれる場合も多いそうだ。
</p>

<h3 class="Title21">日本古来の、畳文化を守ると言うこと。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/image04.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
現在、いわゆる畳製品の8割は中国からの輸入物が主流だという。安価で大量に入ってくる中国産の畳。しかし、国産の畳にはそれにはない、品質の良さ、薫りがある。加藤畳店で取り扱っているのも、国産の熊本畳が中心だ。
「30〜40代のターゲットをいかに取り込むか...元々職人として、伝統の技を守り抜くことも大事なんですが、斬新なスタイルにも時には挑戦しなくてはならないんだと思うんです。窮地に立たされた現状に甘んじてるのではなくて、今、ここでしか出来ないオンリーワンの商品を生むことも不可能ではないと思うんですよ。」
中国産ではなく、国内産にこだわり続けるということ。価格は高くなっても、良い技術と良い商品は掛け替えのないものであり、そこには揺るぎない自信がある。
「新築に合わせてピッタリと畳を入れて行くのも、職人の技の見せ所だし、リフォームの場合もそうです。元々日本人の生活に密着したものですからね、あって当たり前だったものが無くなってきているのはある意味悲しいことです。尚且つ、大量生産で来ている中国で畳を使用しているかというと、そうじゃないんですよ。畳文化は日本だけのものですから、どうしても守って行きたいんですよね。」
<h3 class="Title21">生涯勉強。伝統の技を守り、プロの技で勝負。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/image05.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
畳には、地方によっても若干の大きさの差があるという。例えば関東では「関東間（かんとうま）」といって、2尺9寸が規定サイズだが、関西では「関西間（かんさいま）」といい、サイズは3尺一寸五分とのことだ。
「現場で調整することは出来ないけれど、正直、家の歪みや曲がりがなければ、全て規格ものになってしまい、職人の存在の必要すらなくなってしまう。規格がないからこその畳屋の仕事と言えるんですよね。プロの技がそこで生きるというか...。」

『一生勉強』と加藤さんは語る。
「探求心は一生の宝物ですね。続々と新しい材料や道具が入ってくるんで、ベストな方法を探していくことも楽しいです。親父達の世代は、全て熟練の技と、培われた勘で仕事をしていましたが、今は例えば、はさみや、カッターやアイロンなどを駆使することだってあります。昔じゃ考えられない、邪道だと言われるかもしれないけど、それも時代の流れなのかな...。そんな柔軟な発想から生まれた商品がうちにはたくさんありますからね、時の流れに沿って、柔軟に変えて、カスタマイズしていくことも必要なんです。
うちでは特に、既製品にはない技術も売りの一つです。中には、端の処理を両面テープなんかで織り込んでごまかしちゃう場合もありますが、私は、出来るだけ手製でも最高級の品質にこだわりたい、と思っています。テープを使って処理しちゃえば楽だし、外見には分からないけれど、結果的に裏面は使えなくなりますから。どんなに手間暇かけても、手製で処理できる部分はきちんと仕上げて、職人にしか出来ない技自体も守って、勝負出来ればと思っています。」
</p>
<div style="width:420px;margin:50px auto 30px auto;">
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/y58-g77Y7Xc?rel=0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></div> 

<p style="text-align:right;">
2011.10.28　　聞き手＝松本芳宣 ・ 文＝松島佐和子</p>
]]>
        <![CDATA[
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/topimage.png" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span style="font-size:20px;font-weight:nomal;">加藤　正幸さん<br />
畳を現代風にカスタマイズする、畳職人</span><br /><br />
栃木県宇都宮市生まれ。<br />
創業88年の老舗「加藤畳店」3代目。<br />
脱サラ後、家業を継ぎ、現在14年目。<br />
一級畳製作技能士、職業訓練指導員、畳ドクター
</p>

	<div id="OtakaProfBox">
	<p>
	<span>加藤畳店さんへの連絡はこちらから。</span>
	</p>
	<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry21/address.png" style="margin:0 auto; width:405px;" />
		<div  style="margin: 0 auto; width: 300px;">
		<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
		<input type="text" size="20" name="as_q" value="加藤畳 宇都宮">
		<input type="submit" name="btnG" value="検索">
		Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
		Google</a>
		</form>
		</div>
	<p style="margin: 0 auto; width: 300px;">
	<a href="http://tatami-kato.com/" target="_blank">http://tatami-kato.com/</a>
	</p>
	</div>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>藤咲 光司</title>
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    <published>2011-09-15T00:17:53Z</published>
    <updated>2011-09-15T02:53:55Z</updated>

    <summary> 震災直後に、見えてきたもの。 「おはようございます！」 すれ違う社員、スタッフ...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/photo01.png" />
<br />
<br />
<h3 class="Title20">震災直後に、見えてきたもの。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/image01.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「おはようございます！」<br />
すれ違う社員、スタッフさん全員に明るい挨拶で出迎えられる。すし華亭にお邪魔していつも思うことは、「こういう雰囲気で出迎えられて食べる寿司は美味しいだろうな」ということ。<br />
今回の街達は、宇都宮の有名寿司店すし華亭など、5店舗をを経営する、株式会社奴寿司の代表取締役、藤咲社長。<br />
「震災直後の3月はね、やっぱりダメージがありましたよ。パートさんにはみんなに協力してもらって、自宅待機をしてもらったんです。快く協力してくれて申し訳なく、また本当に有り難いと思いました。少ない社員だけで何とか乗り切りました。でも翌月の4月、余震がまだ続く中でもお客様がたくさん来て下さって、有り難いことに前年を上回る結果が出せたんです。こんな大変な時期だけど、せめても美味しい物は食べに来たい、というお客様の思いが、充分すぎるほど伝わりました。」<br />
翌月の4月に復活できたこと、それが新たな自信となり、ある確信も生まれた。<br />
「お客様と一体になった気がしました。お客様は常に、どこに食べに行くかをきちんと選んでおられるんです。この大変な状況の中で、うちを選んで頂けたことが、ただただうれしかったですね。」
</p>

<h3 class="Title20">寿司職人の父の背中を追いかけて。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/image02.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
先代の父が、鬼怒川温泉で「奴寿司」ののれんを立ち上げたのがそもそもの始まり。高校卒業後すぐ、寿司職人としての修行が始まった。<br />
「厳しい父親でしたから、そんな父の背中を見て、自ずと自分もこの世界で...という気持がありました。とにかくお客様を大事にする姿勢が、一番印象に残っています。お金を十分持ってきていないお客様に対しても、財布が底を付きそうになったら隣の酒屋でお酒を買ってくるように勧め、おつまみを振る舞っていました。」<br />
18歳から、先輩板前を師匠としてまず出前や皿洗い、仕込からスタート。寿司を実際に握らせてもらえたのは20歳を過ぎてからだった。独自の考えと発想から我流で学び続け、「全国寿司商組合」が主催する、寿司技術コンクールに出場。全国で金賞に輝くのは10人、地方予選で勝ち抜くことも容易ではない世界だった。4年に1度のコンクールで初回は散々だったが、3度目の挑戦の時についに金賞を受賞する。昭和61年31歳の時だった。<br />
その5年後、父親が他界し、代表取締役に就任。新しい店作りの拠点を宇都宮へと移動させる。そして現在のすし華亭長岡店が誕生した。<br />
「私自身、寿司職人としての生涯を貫き通すと決めています。技術を磨き、仕入の目利き、仕込みにも手間を惜しまない。回転レーンを江戸前寿司のカウンターに見立てて、職人がすしを握りながら、対面型でお客様とコミュニケーションを取っていく。江戸前寿司屋そのものを感じられる店をつくりたかったんです。」<br />
要領を得ていないオープン当初は、営業終了後の深夜ミーティング、そのまま店舗で仮眠を取って朝の仕込みに入る日々が続いた。宇都宮の人にうまい寿司を安心して食べられる場所を提供したい・・・長岡店は軌道に乗った。 
</p>

<h3 class="Title20">宇都宮の食文化に、添える「華」。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/image03.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「すし華亭」の店名の由来は、にぎやかな雰囲気を想定して名付けたそうだ。そこにあるのは「鮮やかな人」が集まるイメージ。お客様の要望により、平成１６年には宇都宮駅東エリアに「すし華亭簗瀬店」をオープンした。平成18年に「奴寿司華月」をオープン。品質の鮮度はもちろん、多彩なメニューに日本料理と江戸前寿司を一体化させ、基準の高いサービスとおもてなし重視の新スタイルを奴寿司の象徴である店にしていくことを目指している。
「ただ単に店舗の拡張をしているのではなく、地域に根付いて、必要とされる店でありたい。宇都宮の食文化のレベルアップに少しでも貢献できればと思います。」<br />
　そんな姿勢は、現在でも社長自らカウンターで寿司を握る姿から感じられる。経営陣となった今も、現場を退くことはない。カウンターで腕をふるい、まさに寿司道を生きる職人としての顔を持つ。<br />
「華月には和食もできる店長と料理長がいますので、寿司専門の私とのコラボレーションが可能なんです。季節を考えたもてなしを常に心がけているんですよ。例えば梅雨時期なら雨だれや蛙なんかをモチーフに素材で表現します。宇都宮の食文化も上げていかないと・・・。上にはもっと上がありますからね。」
</p>

<h3 class="Title20">技術、味も然り。最後にこだわりたいのは〈人〉。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/image04.png" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
取材が終了した後に、たまたまスタッフさんの控え室を見せてもらった。そこには壁一面、「自分がなりたいビジョン」の絵が所狭しと飾られていた。すし華亭の上りを立てて荒波を越えていく舟の姿や、カウンターで鮮やかに寿司を握る様子など、各スタッフが思い描くビジョンが力強く、鮮やかに描かれていた。<br />
「自己実現していくために、学び、成長する必要があります。経営は先代の教えを守り、寿司の古い伝統文化のよさを守りつつ、時代の流れの空気を感じて、新風を巻き起こしていく。新文化創造に会社一丸となって取り組んでいきたいんです。」<br />
「今は、筋肉を付けていく時期だと思っています。まず地に足を付けて、確実に内部を育てていきたいですね。」<br />
同社では最近、寿司の出張サービスを開始した。また、定期的にまぐろの解体ショーや寿司屋台の出店なども行っている。<br />
寿司を通して、地域社会に貢献していくこと。大切なのは「見えない根っこだ」と藤咲さんは言う。根は求めれば求めるほど深く、広く、とどまることなく伸びていく可能性がある。根に応じて幹や枝もしっかりと太く強くなる。結果、想いの花・実をつける。今ある現実はすべて自分が蒔いた種だとしっかりと肝に銘じている。「まだまだやりたいこと、挑戦したいことも山ほどあるんですよ。でもまず大切なのは根っこの部分、そこを切り盛りする人の教育だと思っています。技術だけがある、寿司はうまい、それでもまだ駄目なんです。寿司屋は対面式で握って出すスタイルだから、絶対的に〈人柄〉という要素が必要不可欠。その人が好きだからお客様が来る、これは絶対なんです。」

<p style="width:500px;margin:0 auto;"><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/image05.png"></p> 

</p>

<p style="text-align:right;">
2011.9. 3　　聞き手＝松本芳宣 ・ 文＝松島佐和子</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/topimage.png" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span><b>藤咲　光司さん<br />
宇都宮の食文化に華開かせる寿司職人</b></span><br />
栃木県日光市生まれ。<br />
先代となる父の背中を追い、18歳から寿司職人の世界に入る。<br />
株式会社奴寿司、代表取締役社長。<br />
現在、栃木県内に「すし華亭」をはじめ、5店舗を展開。
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p>
<span>奴寿司さんの各店舗への連絡はこちらから。</span>
</p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry20/address.png" style="margin:0 auto; width:465px;" />
<div  style="margin: 0 auto; width: 300px;">
<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
<input type="text" size="20" name="as_q" value="すし華亭">
<input type="submit" name="btnG" value="検索">
Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
Google</a>
</form>
</div>
<p style="margin: 0 auto; width: 300px;">
<a href="http://www.yacco-hanatei.net/" target="_blank">www.yacco-hanatei.net/</a>
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>上原 晋</title>
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    <published>2011-02-24T01:16:42Z</published>
    <updated>2011-02-24T02:15:50Z</updated>

    <summary> 深岩石の石蔵のお店　鹿沼のアカリチョコレート 「パリに行った人はみんな口をそろ...</summary>
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        <name>情報マーケット</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title19">深岩石の石蔵のお店　鹿沼のアカリチョコレート</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「パリに行った人はみんな口をそろえて『パリのスウィーツは最高だ、一度行くべき』とって言うけど、僕はそこまで思わないんです。飛行機が大の苦手でもあるし（笑）。こだわりたいのは『日本で作るチョコ』。あまり影響されたくないっていうのもあるけど、この鹿沼という土地でやっていくという自負があるんですよね。」<br />
鹿沼市の中田町、路地を入ったところに長細い深岩石の蔵づくりの建物がある。3店舗連なる石蔵ショップの一つが、アカリチョコレート。知る人ぞ知る、鹿沼の有名店。その名の通り、チョコレートを専門に扱う珍しいお店だ。<br />
元々は大正時代建造の石蔵なだけに重厚感に溢れ、店内は高い天井の吹き抜けになっている。柔らかい日差しが降り注ぐ空間作り。商品は決して多くはないが、暖色系でまとめられた、あたたかい雰囲気のディスプレイが並ぶ。<br />
オーナーの上原さんがチョコレート店をスタートしたのは2008年の2月、今年で4年目を迎える。現在は奥様と、ご夫婦二人で営んでいる。<br />
チョコレート屋にとって最も繁忙期となる冬期は、休日返上で厨房に籠もり、チョコレート作りに専念する。
</p>

<h3 class="Title19">30歳での脱サラ、武者修行</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「なんとなく、飲食に関わる仕事に就きたいとは思っていましたが、元々育った環境が100％恵まれていたわけではなかったので、高校を卒業して就く仕事に関しては、とにかく『食べるための仕事選び』が基準でした。」<br />
進みたい道を選べる余裕はなく、飲食店に飛び込んで3年、建築現場での仕事も経験し、東京へ。有名な大手ファーストフードチェーン店に就職した。<br />
「チョコレートって嗜好品だし、こういうコンセプトでやってるからほんわかした夢のあるイメージが強いと思うんですが、元々僕は現実的に育ち、目の前に落ちてきた環境の中で最善を尽くす生き方をして来た方だと思うんです。」<br />
上原さんがファーストフード店でやってきた仕事は、関東地方の各店舗を手がける管理職。生活は順風満帆、29歳で結婚しマイホームも手に入れた。<br />
「周りから見れば何で？ってものすごく言われたけど、ちょうどある病気になって入院をした31歳の時に、病床で考えたんですよ。本当に自分がやりたいことって何かなって。それが独立のきっかけでしたよね。」<br />
周囲からの猛反対を多々受けながら、それでも譲れなかった夢。安定が約束されていた仕事を辞め、いざ独立への助走が始まる。<br />
奥さんの地元である栃木を拠点とし、有名菓子店を3店舗ほど武者修行で渡り歩いた。30歳を過ぎた男のゼロからのスタートは、異質に映った。<br />
「修行する中で、数あるスイーツの中でもチョコレート専門店はどうだろう、とひらめいたんです。パリのように専門店がないからこそ、競合店もないし。逆に参考になるお店がなくて手助けもないけれど、商売としてのチャンスは大きいんじゃないかと思ったんですね。」<br />
「チョコレートは僕自身、大好きなお菓子でしたからね。大変だったけどそれほど苦ではなかった。昼間は家族を養うために働いて、お金を稼ぐ。夜はひたすらチョコを触って勉強です。24時間では足りない、そんな年月をずっと過ごしてきました。大変だとは思わなかったけれど、このまま引き下がって花開かなくて、みじめな自分を想像するといたたまれなくて...それが原動力でしたね。」<br />
修行時代に上原さんが一番辛かったこと。それは、世間的に見て、家族や子供がいて、今の年齢で置かれている状況を客観視する場面に立たされた時だった。<br />
「こんな父親でいいのかな...とか思うと苦しくなっちゃうんですけど、諦めたら報われないし、やるだけやってとことんまで失敗もしないと納得もできない。引き返せないところまで来ちゃってたから、とにかく必死に前を見るしかなかったですよね。」
</p>

<h3 class="Title19">インスピレーションから生まれる、チョコレートたち</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/image03.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
お店を立ち上げる前、宇都宮市内を観光していた時に、上原さんは夫婦で松が峰教会を訪れた。大谷石で造られた、歴史ある荘厳な建物にひどく感銘を受けた。<br />
「大谷石って独特の風合いがありますよね。そこでピンときたんです。この石を食べたらうまそうだって（笑）。こんな風に、石をモチーフにしたスイーツを作って、おみやげにしたらどうかなってインスピレーションが生まれました。」<br />
そこから完成したのが、定番人気商品の「大谷の石畳」。切り出した大谷石のような形状に近いスティック状のチョコレートは、味も色も多彩。石のような質感、舌触りを再現するのに何年もかかったという上原さん渾身の逸品だ。その他、地元のミュージシャンが奏でるギターの音色から生まれたフランボワーズチョコなど、アカリチョコレートに並ぶチョコレートは、上原さんのこれまでの体験から生み出されたものばかりだという。経験したものをそのまま商品に活かす手法で、それは人生をそのままチョコレートに投影する作業。<br />
「元々あるものにプラス、僕が感じたインスピレーションを加えていきます。例えば音色から受けた感触を、レシピを参照するんじゃなくて、ちょっとしたニュアンスを微調整していくんです。ストーリーを織り込むっていうか...。」<br />
こだわりには、パッケージにも表現されている。「大谷の石畳」チョコのパッケージは、これまた地元のアーティストを起用。中央にそびえる大谷石の教会で、チョコを作るウサギとカメの可愛らしい絵。ウサギは上原さんで、カメは奥様のイメージだそうだ。
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<iframe title="YouTube video player" width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/Y5y42tgxVaw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
</div>

<h3 class="Title19">原材料は、オーガニックのフェアトレードカカオ</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/image04.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
チョコレートという商材を扱う上で、原料のカカオが持つ問題を避けては通れない。アカリチョコレートに並ぶチョコレートは、ホワイトチョコ以外は全て、オーガニックのフェアトレードカカオを使用している。それも開店以来の上原さんのこだわりでもある。〈※フェアトレード...発展途上国で造られた作物や製品を、その労働に見合った適正な価格で取引することによって、生産者の自立を促すことを目的とした取引のこと〉<br />
コストはかなり割高になるが、そのぶん簡易包装を心掛けたり、ご夫婦二人で人件費を抑えるなどの工夫をしてきた。また、少量ずつの製造でロスが出にくいことも、コストを抑える方法の一つだという。<br />
「フェアトレードのオーガニックカカオは、オープン当初に出会った材料で、最初に口にした時に『これだ！』と思ったんです。フェアトレードの意味さえしらなかったんだけど、カカオ本来の力そのままの味が、まるで血液に訴えかけてくるような...そんな濃さと、独特の風味がありますね。」
実際、上原さんのチョコレートは、私達が一般的に口にしているものとはひと味もふた味も違う。味と深みが口に広がる、本物のカカオの味だ。<br />
「フェアトレードを取り入れれば美味しくなるというわけではないのだけど、最優先にフェアトレードを使う信念だけは、ぶらさずにやっていこうかな、と思うんですよね。」<br />
カカオをめぐる問題は、世界の格差を如実に表すものとして取り上げられもするが、未だ認知度が低いと言っても過言ではない。アフリカのカカオ農場では児童労働の問題がある。先進国の子供が食べる120円のチョコレート。アフリカではそのお金で米一袋や、立派な鶏が買え、少年の3日分の給料よりもまだ高い。もちろんこれは、給料が支払われていればの話だという。学校へ向かいながらチョコレートをほおばる子供がいる背景には、学校にも行けず、生きるために働かなければならない子供たちもいる。<br />
「無知や無関心ほど、罪なものはないと僕は思っています。何も知らないというよりは、少しでも何かする方がいいと信じています。それが貢献に繋がればいい。フェアトレードを理解し購入することは、私達が日常の中で無理せず、身近に貢献できる発展途上国への支援活動ではないかな、と思っています。」<br />
地元の小学校などからは、課外授業を依頼されることもあるそうだ。
</p>

<h3 class="Title19">Bitter and Sweet　チョコレートは人生そのもの</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/image05.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
上原さんに、今後の展望を伺うと意外な答えが返ってきた。<br />
「これからの人生のテーマは『老い』です。そういう私の親もその世代になってきたし、私自身もそれは避けて通れない。面倒なことから逃げることはせず、しっかり向き合おうと思っています。ずばり、『老いても出来る店づくり』。鹿沼の路地裏なんかで、細々とできるようなお店を計画して、一生働ける仕組み作りをする。実際動き出してはいるんですけど、僕の人生の後半戦のテーマです。」<br />
それは近隣同士が疎遠にならない長屋のイメージ。根を下ろした鹿沼の町を、上原さんは愛して止まない。アカリチョコレートを立ち上げる際にも、元々鹿沼で有名だったお店のオーナーたちと知り合い、力添えをもらった。数ヶ月に一度開かれるイベントにも、積極的に参加している。<br />
「鹿沼って小さな街ですが、僕が仲良くさせてもらっているお店さん同士はとても連帯感があって、且つ互いの足を引っ張り合わない。それでも、何かあればバックアップしてくれるようないい感じの関係性があって、とても助かってるんです。」<br />
「チョコレート専門店って、ショコラティエとして高級なイメージがあると思うんですが、ぼくが目指したいのは全くそちらじゃないんですよ。地元で子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、気軽に手頃に買いに来て欲しいし、僕は生涯を掛けてチョコ爺になるつもりなんです。そこにあるものを活かす、だからこのお店の石蔵も選んだわけですが、『鹿沼流のチョコ』を作るっていうのが、僕の最大のテーマですよね。」<br />
チョコレートは、その職人のブレンドの技術や勘によって変わっていく。上原さんの穏和な人柄と、お店の柔らかい雰囲気とはうって変わって、チョコレートに向き合う毎日は真剣勝負そのもの。チョコレート職人としての意地とプライドをかけて、商品製作に取り組む。<br />
「成功したかどうか...っていうのは、今時点ではまだ全く分からない。それは一生を通じて、分かるかどうかだと思いますよ。チョコ屋の主人として成功したと言える瞬間は、やっぱり僕の家族がチョコ屋で良かったと思ってくれるかどうかかな...と思います。」<br />
Bitter and Sweet、そんな言葉が思い浮かぶ。それは正に人生そのもの。上原さんにとって、その瞬間ごとに感じ取ったインスピレーションは決して偶然ではない。そこからアカリチョコーレートの商品は、必然を持って生まれてきた。<br />
「うちのチョコレートには、商品の一つ一つの背景に、必ずストーリーが織り込まれています。五感をフルに生かして色々試行錯誤しながら、味を微調整して完成となります。」<br />
生涯現役のチョコレート人生は、まだ始まったばかりだ。
</p>

<p style="text-align:right;">
2011.1.15　　聞き手・文＝松島佐和子
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry19/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span><b>上原 晋さん<br />
原材料はフェアトレードカカオ<br />
鹿沼のチョコレート専門店オーナー</b></span><br />
昭和43年7月16日生まれ（群馬県出身）。<br />
31歳で外食産業から転身し、県内洋菓子店及びチョコレート店などで働きながら、独立準備を進める。2008年2月鹿沼市にてアカリチョコレートを開店、現在4年目を迎える。
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p>
<span>アカリチョコレートさんへの連絡はこちらから。</span>
</p>

<p style="margin: 0 auto; width: 300px;">
電話：０２８９−６３−５０７８
</p>
<div  style="margin: 0 auto; width: 300px;">
<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
<input type="text" size="20" name="as_q" value="アカリチョコレート">
<input type="submit" name="btnG" value="検索">
Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
Google</a>
</form>
</div>
<p style="margin: 0 auto; width: 300px;">
<a href="http://www.acariechocolat.com/" target="_blank">http://www.acariechocolat.com/</a>
</p>
</div>]]>
    </content>
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<entry>
    <title>鈴木 誠一</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2011/01/post-17.html" />
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    <published>2011-01-28T06:45:06Z</published>
    <updated>2011-02-24T01:42:20Z</updated>

    <summary> バイクといえば「鈴木モータース」 宇都宮簗瀬町、4号線沿いにある（株）鈴木モー...</summary>
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        <name>情報マーケット</name>
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        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title18">バイクといえば「鈴木モータース」</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
宇都宮簗瀬町、4号線沿いにある（株）鈴木モータース。創業は1946年、およそ64年の歴史を持つ。代表取締役の鈴木社長は、今年62歳。北は青森の方からも、「バイクを買うなら鈴木モータースで」と、全国的にもその名を馳せるほどの規模だ。<br />
最も特化している点は、取り扱いブランドの多さ。ここまで海外の名だたるブランドの名前が連なるの規模の店舗は、そうはない。1985年のBMWを皮切りに、2輪車ディーラーを開始。現在の取り扱いブランドは、BMW Motorrad、ハーレーダビッドソン、ドゥカティ、トライアンフ、ペスパ、アプリリアなど多種にわたる。<br />
「他店とは違うことをやろうと思い立ち、中古バイク屋をスタートさせたのが、二輪を始めたきっかけでした。起業するにしてはバイク屋はとにかく資金が必要な商売で大変なんですが、おかげ様でここまで続けることができています。イタリアメーカーのドゥカティの専門店に関しては、宇都宮より以北の本州北エリアは、うちだけなんですよ。」
</p>

<h3 class="Title18">厳しい二輪不況。需要は最盛期の10分の1に</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「元々実家は黒磯で、祖父が農機具や古着を売る商売を始め、その後父親が自転車をスタートさせたんです。金銭的に苦しい時期はたくさんありましたね。お店を出店させる段階で借家を出ろ、と言われたり、第一次オイルショックなんかもありましたし。周りのディーラーや車検屋さんが販売自体をやるようになって、更に苦しくなったりもしました。」<br />
そんな中、最初に提携を結んだメーカーがレッドバロン。その後、黒磯から店舗を移転し、宇都宮店をスタートさせた。<br />
「宇都宮に来て30年。本当に色んな人の助けがあってやっとここまで来た感じですよ。」そう語る鈴木社長の表情は実に感慨深い。

二輪不況と言われて久しい。鈴木社長自身も「こんなに厳しい業界はない」と語る。<br />
「年間で昔は330万台売れていた時もあったんですよ。それが今では何台だと思いますか？...実に10分の1まで需要が減り、およそ38万台とされています。かなり淘汰されましたよね。」<br />
オートバイの平均単価が約190万円。不況下で、この金額を趣味のために、また家族の反対がなく買える人は少ない。営業活動にこちらから動けるにも限界があり、パイが狭いことも商売の難しさの一つ。ニーズが限られているため、広範囲のエリアを確保していないと厳しいという条件もある。<br />
「私は今、地元の黒磯から片道2時間、宇都宮まで車で通っているんですけど、やはり時代の流れというのを肌で毎日実感します。通りに隣接するお店の《オープン・クローズ》っていうのが如実に分かるんですよ。」<br />
オーナーが変わったり廃業ということもある。オープン資金があっても、その後の運営資金まで手が回らない場合も多い。<br />
「バイク自体も高額なんですけど、なにしろ部品の値段もかなりするんです。そうすると、バイク屋自体が金銭的な面でも工面をしっかりしなくちゃならない。商売は本当に二極化していますから、流れるままにやってると必ず終わりが来るんです。他店にはない仕掛けをしていかないと、流されるままになってしまうと感じます。」
</p>

<h3 class="Title18">感謝の気持ちを込めた、30周年記念イベント</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image03.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
そんな厳しい状況の中でも、鈴木モータースは「日本で一番伸びたお店」として業界からの注目を浴びている。昨年12月にはドゥカティの表彰を受けたことをきっかけに、取材依頼も増えてきているという。これだけ厳しい世の中において、毎年躍進を続けられる理由、について伺ってみた。
「一番に社員の努力があると思います。今残っている社員はみんな、一人一人が自覚を持って働いてくれているなと実感できますね。元教師だったり経歴も様々ですが、みんなバイクが好きで楽しく仕事をしているのが伝わってきます。そして何よりも、お客様ですよ。」<br />
宇都宮に出店して30年間、支えてくれたお客様や各業者などへの感謝の気持ちを込めて、2月には2日間に渡って、大イベントを計画している。その名も「宇都宮出店30周年記念祭り」だ。<br />
「2月19日・20日の土日の2日間、バイクヤ宇都宮店でイベントを行います。世界の料理ショーやまぐろ解体ショーなどもあって、とても面白い内容になっています。ビンゴ大会などもあり、参加は自由ですので皆さん是非来て下さい。」
</p>

<ul id="List18">
<li><a href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/pdf01-01.pdf" target="_blank"><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image04.jpg" /></a></li>
<li><a href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/pdf02-01.pdf" target="_blank"><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image05.jpg" /></a></li>
</ul>

<p style="text-align:center;">
★クリックすると、拡大サイズでご覧頂けます<br />
<br />
</p>

<p>
「今回のイベントの趣旨としては、主にお客様、その中でもバイクを購入して下さったご家族、旦那様、奥様、子供達みんなに感謝の気持ちを還元したい。なかなか活気のない業界ではありますが、この時代だからこそやった方がいいと思い切って決断しました。萎縮してちゃ駄目だなと思うんですよね、そんな感謝の気持ちが一杯詰まったイベントになるといいです。」
</p>

<h3 class="Title18">この先目指す、企業の在り方</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image06.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
鈴木社長が経営をする上で、最も大切にしていることをいくつか伺った。<br />
「まず、経験値を捨てることです。今の時代本当に流れが早いんで、うっかりしているとすぐにチャンスを逃すと思うんですよ。凝り固まった考え方や過去の栄光、経験値なんかが邪魔する場合が多い。それは時に足かせにもなるから、柔軟に対応することを忘れないことです。それと、人とのつながりを大切にして、コミュニケーションをもっと重要視した方がいいと思います。」<br />
鈴木社長のお話を聞いていると、いかに人を大切にしているかがよく分かる。<br />
「例えばうちのお店は、各ブランドメーカーの店舗が隣接して集合体になっている立地なんですが、ここまで地続きの土地を最初から手に入れたわけではないんです。提携ブランドが増えていったのと並行して、隣近所の土地を譲っていただいてここまで来たんですね。鈴木さんは運がいいってよく言われるんですが、近隣の皆さんともずっと関わりを持って来たんで、偶然にもそんな話が舞い込んでくる時があるんです。」<br />
「また、各種ディーラーや異業種の方ともコミュニケーションをたくさん持つことも大事ですよね。色んな会合にも顔を出して、情報交換をしておくとマイナスにはならない。思いがけないところから、新たな突破口が出来たり、つながりが増すことがあります。社員ともそうですよ。バラバラでは駄目で、常に情報を共有し、結束力を保つ。そして家族ともです。私は毎朝、息子や家内と握手して自宅を出てるんですよ。変わってると言われますが、こうすると家族の大切さが分かるんです。前日に色んなことがあってもそこでリセットできるし、習慣になっています。」<br />
宇都宮に出店後、今年で30周年。今では全国に名を馳せ、「不況知らず」のバイク屋としてかなりの注目を浴びる存在にまで成長した。鈴木社長もあと2年で65歳を迎え、次の世代に引き継ぐことを視野に入れた準備を始めている。<br />
「元々65歳という年齢を目標にはしていたけれど、もうあっという間ですね。この先は伸ばすことではなく、一番大事にして引き継いで行きたいテーマは『安定』ですね。この世の中でいかに将来残っていくか...というのが一番大事で、利益を出しつつも安定性のある会社に、これからは育って欲しいなという思いがあります。」
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<iframe title="YouTube video player" class="youtube-player" type="text/html" width="480" height="390" src="http://www.youtube.com/embed/DBGxpWpWctA" frameborder="0" allowFullScreen></iframe>
</div>

</div>
</div>

<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/image07.jpg" style="clear:both; margin:0; padding:0; display:block;" />

<div id="MachiTatsuEntry" style="padding:0 27px 27px 27px;">
<div id="EntryBody" style="margin:0;">
<p style="text-align:right;">
2011.1.21　　取材・文＝松島佐和子
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry18/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span><b>鈴木 誠一さん<br />
２輪不況をくつがえす<br />
伝説のショップオーナー</b></span><br />
昭和23年5月11日 那須塩原市生まれ。1970年（有）鈴木モータース設立。1983年に店舗を現在の宇都宮市簗瀬町に移転。現（株）鈴木モータース代表取締役社長。
</p>


<div id="OtakaProfBox">
<p style="text-align:center;">
<span>株式会社鈴木モータースさんへの連絡はこちらから。</span>
電話：028-634-8198 （株）鈴木モータース
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>霞ん（かすみん）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/12/post-16.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289653485</id>

    <published>2010-12-22T05:53:22Z</published>
    <updated>2010-12-22T06:19:11Z</updated>

    <summary> ギャグ弁（キャラ弁）をつくりはじめたきっかけ。 「長男が高校の時、年のはなれた...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/photo01.jpg" />

<h3 class="Title17">ギャグ弁（キャラ弁）をつくりはじめたきっかけ。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「長男が高校の時、年のはなれた四女の幼稚園のお弁当が重なったんですね。で、幼稚園のお弁当には喜ぶから入れるじゃないですか、キティちゃんのカマボコとかタコさんのウインナーを。それをついでに高校生の息子のお弁当にも入れてみたんです。でも特にリアクションがなかったので「あ、これアリなの？」と、だんだんエスカレート。（笑）<br />
「これはどうだ？」的にどんどんすごいお弁当をつくるようになっていったのです。毎日お弁当を作るのって、とっても大変でしょ。でも「美味しかったよ」とか「ありがとう」とかは絶対言ってはくれない。ならば嫌でも親の愛情を分からせてやる〜！という訳です。このお弁当をクラスで食べるのは高校生にとっては虐待だ〜！という事で、後にネットで「虐待弁当」とも呼ばれるようになりました（笑）」<br />
幼稚園のお嬢さんのお弁当も、落ち武者とかモアイ像とか、決して可愛いとは言えないキャラ弁を持たせ、先生方のリアクションも楽しんだという霞んさん。この持ち前のユーモアセンスと楽天家ぶりが、そもそもの始まりのようです。
</p>

<h3 class="Title17">もともとクリエイティブではありません。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
もともと「絵を描く」ことは好きだったものの、デザイン系の学校に行った訳でも、きちんと勉強した訳でも、仕事にしていた訳でもないという。<br />
「主人は会社経営をしてますので、やりたいとかやりたくないとかいう次元ではなく、普通に事務や経理の仕事をしていました。もともとごくごく普通の主婦ですから。（笑）」<br />
独特な画風の霞んさんのキャラ弁。最初はきちんとお弁当の下書きを書いていましたが、今は無くてもだいたい作れるようになったそうです。<br />
またこの仕事を始めるようになって、ブログやmixi、twitterなどもはじめ、若いファンの子とのコミュニケーションも楽しでいるという。「もう家を出ているうちの長男にもミクシィのマイミク申請をしてるんですがOKしてもらえないんですよね。（笑）海外の友人とも、サンボク（mixiの人気アプリ「サンシャイン牧場」のこと）で毎日のようにコミュニケーションをとっていますよ。」<br />
作品のお弁当を撮るカメラも最初は携帯のカメラだったが、今はデジタル一眼レフカメラを使用。簡易スタジオセットもご自宅に作りました。「最近、写真がよく撮れてるってプロのカメラマンさんに褒められて嬉しかったのよ。」と笑う霞んさんですが、カメラだけでなく、パソコンや、フォトショップの操作なども、この仕事がきっかけで覚えたんだとか。そのアクティブさには脱帽です。
</p>

<h3 class="Title17">家族や友達にも内緒でした。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/image03.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
最初はご主人や家族にもだまってブログでお弁当を公開していた霞んさん。「普通いちいち言わないでしょ？」<br />
でもブログの人気に火が付き、ある日大手の雑誌から取材依頼があり、その時はじめて主人に打ち明けたんだそうです。最初はびっくりしていたご主人や家族も今は黙認してくれてるんだそうです。<br />
また周囲のママ友にも黙っていたそうです。<br />
「結構テレビや雑誌には出ていたんですが、不思議な事に全くバレませんでしたね。私が出ていたテレビ番組は主に平日の午前中が多かったので（○なまるマーケットとか）、ちょうど同世代のママはパートでお仕事中だったんでしょうね。だからあんなに露出していても気付かれなかった。だんだん「なんで気付かないの〜？」ってう感じの複雑な気持ちにもなりましたが。（笑）」
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="480" height="295"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/4K4O8PM8m_A?fs=1&amp;hl=ja_JP"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/4K4O8PM8m_A?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="295"></embed></object>
</div>

<h3 class="Title17">どんな活動をされていますか？</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/image04.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
現在霞んさんは、キャラ弁に関していくつも雑誌の連載を持たれています。「アニメージュなどはもう5年も続けさせて頂いてます。それとテレビではアイドルと一緒にキャラ弁をつくる先生役で出演したり、結構いろんな芸能人の方とも共演させていただきました。それから百貨店やディーラーのお弁当を作る企画イベントの審査員をしたりとか。主にそういうお仕事をさせてもらっています。」<br />
お弁当は主に夜中に作る事が多い。途中で中断しないためには、誰も来ないし、家族も寝てる時間がベストなんだそうです。一時はあまりにも仕事や取材のオファーが多くて事務所に所属して管理をお願いしていたこともあったそうですが、今は自分で仕事の管理をしているとのこと。「事務所に所属していると、助かる事も多いですが、不本意な仕事を受ける事になったりもします。今は自分でやりたい仕事を選んで管理できるのでとても自分に合っていると思っています。」という。<br />
「これまでは"普通の主婦＆母親からの出発点だったので、息子の受験もあったり、四女が小さかったりして住んでいる所や名前なんかも一切明かさないようにしてたんですが、家庭の中も落ち着いたので、これからは地元（栃木県）でももう少し活動していってもいいかな〜なんて思っています！」カリスマ主婦として、今後ますます期待が高まります。
</p>

<p>
2010.10.1　　聞き手・文＝深澤明子
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry17/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span><b>霞ん（かすみん）さん<br />
お弁当デザイナーになったカリスマ主婦。</b></span><br />
足利市出身。昨今の本格的キャラ弁ブームを作ったきっかけとされる主婦。2005年4月に開設したブログから人気に火が付き、現在ではテレビや雑誌に多数出演する人気キャラ弁作家。プライベートでは4人のお子さんを持つ母でありながら、雑誌への連載も複数持ち、blog、twitter、mixi、サン牧と若い感性で年齢を問わずファンが多い。
</p>

<p id="KasuminProf01">
霞んさんのblog<br />
<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/kasumin_yorosiku" target="_Blank">★彡長女・次男へ３Ｄ虐待弁当＆ダンナは倦怠期逆切れギャク弁！★彡</a>
</p>

<div id="KasuminSarche">
<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
<input type="text" size="20" name="as_q" value="霞ん">
<input type="submit" name="btnG" value="検索">
Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
Google</a>
</form>
</div>

<p id="KasuminProf02">
霞んさんのtwitterアカウント：@kasumindesu<br />
霞んさんのmixiユーザー名：霞ん
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>髙田　弘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/11/post-15.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289653368</id>

    <published>2010-11-04T10:53:53Z</published>
    <updated>2010-11-04T11:43:13Z</updated>

    <summary> 家具の裏にある、「ひとの暮らしの物語」 栃木県下都賀郡壬生町の栃木街道沿いに、...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/photo01.jpg" />

<h3 class="Title16">家具の裏にある、「ひとの暮らしの物語」</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
栃木県下都賀郡壬生町の栃木街道沿いに、その家具店はある。まっすぐと伸びる一本道沿いに立つ大きな建物は、緑に囲まれたグレーの壁面のkirinoya。看板には「北欧風ライフスタイルショップ」と銘打たれている。広い店内は木の薫りに包まれ、温かみのある家具がセンスの良いインテリア雑貨と共に配置されている。創業は1883年、名前の通り、元々は桐ダンスの製造を長らく続け、婚礼家具などを中心に手がけてきた。時代はちょうど、80年代の大量生産・大量消費時代の真っ只中だったが、当時から「本当に良いものだけ」を追求してきた。<br />
<br />
「そんな時にちょうど出会ったのが、北欧の家具だったんです。」と語ってくれたのは、代表取締役社長の、髙田弘さん。<br />
「シンプルなデザインが美しくてね、この路線をすごくやりたくなった。ちょうどその頃、北海道のある会社と知り合いました。廃校した小学校を工房にして、家具を作り続けている会社で、商談時にその地域を訪れた時に方向性は決まったと思いましたね。」<br />
北欧の生活様式と似た風情がそこにはあった。<br />
「北欧は夏が短いでしょう、だからすごく夏を大切にするんです。北海道にも四季の区分けはない。比較的気候の良い、短い季節を大切に過ごそうとするし、都会じゃないエリアは娯楽も身近にはないから、行くとホームパーティーが始まるんです。照明を落として、キャンドルだけで何時間も語りあうんです。」<br />
人と人、家族や仲間同士が、顔を付き合わせてゆっくりとコミュニケーションを取り合う。少しずつ失われつつあった家族や、地域の人々の団らんのスタイルが実在した。<br />
「家具だけじゃなく、その裏にある『ひとの暮らしの物語』も提供していきたい。そう思ったから、雑貨も始めたんです。」<br />
全く無駄がない、見せ方も上手く、あるべき場所にあるべきものがある。そんな洗練されたライフスタイルに、とにかく魅了された。本当の意味での豊かさがあった。
</p>

<h3 class="Title16">日本古来からある、本当にいいもの</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「たくさん量があるのが豊かさだと思いがちだった時代でしたが、私が出会った北欧や北海道の暮らしは正にその逆の発想でした。必要以上に見せる、とかではないんですね。家具なんかも何世代にも渡って使うのが当たり前で、だから材質自体のベースも違うんです。木に関して言えば、乾燥が命ですから、下準備が全く違うんですね。そして、形もシンプルで飽きの来ないものが多いです。」<br />
そこには、ただ単に「ものを売る」ということだけには留まらない独自の強い理念がある。そして、もの作りに関してのメーカーへの信頼も厚い。<br />
「例えば、安価な商材という選択肢ももちろんある。19800円で買えるテーブルもある。その場合は、19800円の範囲内で作ってくれ、とこちらが依頼をすることになりますが、それでは本当に良いものは出来ないと私は思います。依頼する側と作る側、立場は五分五分です。今のご時世では難しいことですが、それでも弊社が追求していきたい部分はそこで、ずっと変えずに貫いてきたスタイルでもあるんです。」<br />
例えば、ベニヤ下地に薄いツキ板を貼って、ウレタンを塗った手頃なダイニングテーブル。市場でよく出回り、安価に手が届くため需要もあるが、それが何十年という、かけがえのない家族の歴史を刻むことができるのか...髙田さんはそこに疑問を持つ。「買ったその瞬間が最高の状態」である家具に対し、kirinoyaが提供する商品は全く、様相を異にする。一品の値はそれなりにするかもしれないが、気候によって家具自体が呼吸し、変化を遂げ、使えば使うほど味わい豊かになり、何十年も家族の時を刻むことのできるもの。それがkirinoyaの家具、と言えるのではないだろうか。<br />
「でも本当は、日本古来からある伝統家具というのは、その要素を多分に持ち合わせたものだったんです。それが今や、メリット自体が薄れていき、逆に海外から評価されることの方が多い時代になっていますね。国内よりも、海外からの評価の方が遙かに高いわけですから、価格競争に走ってしまった日本の風潮を表していると思います。」<br />
今の日本に、世界に誇れるメーカーがどれほどあるのか。ただ、元々日本人は、ものを作る器用さや勤勉さにかけてはトップレベルの素質を持っていたはずだ。<br />
「本当にいいものを生み出す使命が、日本人にはある気がしてならないんです。その素質は充分にあると思う。今の時代でさえも、古いものと新しいものが、微妙に入り交じっているでしょう。昔からのいいものは、絶対に生き残っていくと思うんです。他の物真似とかじゃなくて、日本古来の良さを活かした、オリジナルのテイストを打ち出せる、そんな家具作りに磨きをかけたいなと思っているんですね。」
</p>

<h3 class="Title16">ブームではない、本当の「エコ」とは</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/image03.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
自然と共存する北欧の生活スタイル。機能的で、ナチュラルな暮らしのリズムは、家族を大切に思う気持ちと、環境への配慮をベースにしている。kirinoyaが目指してきたのも、そのスタイル。そして「エコ」という言葉は、後から付いてきたものだと髙田さんは語る。<br />
「地産地消という言葉もよく聞かれますが、本来からいうと至極当然なことのように思われます。『エコ』もブームになってはいるけれど、本来はごく自然に当たり前に、生活に根付かせるものなんですね。先日、あるリサイクル工場に行ったんですが、例えばペットボトルを再生利用する。それ自体は非常に画期的なことで素晴らしいんですが、子供達への教え方としては、『これがエコ活動だよ』という趣旨だけで見学させるのではなくて、もっと生活の基本的な部分から見直させる必要があると思うんですね。当たり前の日常から、ゴミを増やさない工夫とか、食べ物を残さず食べるとか、軽視されがちなところからしっかりと見極めさせる。それが本当のエコの教育ではないかな、と。」<br />
「エコ」が商売のキーワードになっている風潮に、髙田さんは疑問を感じている。「冠」が付かなくても売れるもの、求められるもの、そんなスタイルでkirinoyaは細々とやってきた。手間暇はかかる商品。だが、そのスタイルを崩さず伝えてきた信念が、今のkirinoyaを支えている。
</p>

<h3 class="Title16">kirinoyaの家具が愛される理由</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/image04.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「壬生という、中心部から離れた場所でお店を続ける意義、よく聞かれるんです（笑）。まあ、私にとって生まれ育った地域だからというのもあるんですが、ここは幸か不幸か、近辺に競合店がいらっしゃらないんで、うちの商品を目指してくるお客様に『ここまで来てもらう価値』をご提供することに、一切のブレがない経営をしていかなければならないんです。」<br />
現在、「本当によいもの」を売る店がどれほどあるのか。髙田さんは、常にその問いかけに自問自答しながら、kirinoyaを続けてきた。アフターサービスを何十年もしていくのは当然のことで、正に人生を紡いでいく現場に何度も立ち会ってきた。<br />
「ダイニングテーブルを購入頂いたご夫婦が、お子さんが出来てプラス1脚、椅子を追加でご購入される、そして二人目が出来たらさらに１脚。定期的なメンテナンスも欠かせませんし、また、この壬生という土地にずっとあれば、何かあれば来て頂ける良さもあると思うんです。それって、家具と同じでしょう？毎日使うものだから、『そこに長く、ずっとある』という価値を保っていたいという気持ちがありますね。」<br />
こんなエピソードがある。ある小学生の女の子が、あなたの一番の宝物は？というテーマで絵を描いた時に、kirinoyaから両親に買ってもらった自分の学習机の絵を描いたという。<br />
「その女の子は看護婦さんになるのが夢で、そのために毎日その机で一生懸命勉強をしている。その子にとって、机は夢を叶えるための宝物だ、というんです。うちの商品は使い込むほどに人と一緒に成長していくものだから、その子が大きくなっても永続的に使えるし、歴史がきちんと刻まれた机になっていきます。大人になって実家に戻った時も、きっとその机は、そこにある、と思うんですね。『いつまでもそこにある』っていうのが、本当の贅沢、安心感であり豊かさであり、一番大切なことなんじゃないかな、と私は思うんです。」<br />
毎日使うもの、そしてずっとそこに在り続けるもの。まるで宝物のような価値を吹き込まれた家具たち。kirinoyaの家具たちは生き、時を刻み、呼吸を続けている。
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="480 height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pC-JOSlMCpg?fs=1&amp;hl=ja_JP"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/pC-JOSlMCpg?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>
</div>

<p>
2010.10.1　　聞き手＝中山恵美代　　文＝松島佐和子
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry16/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />

<span><b>「呼吸し、時を刻む家具」を<br />
推奨するライフプランナー</b></span><br />
1961年、壬生町生まれ。駒澤大学卒業後、東京の大手家具販売店勤務経験あり。現在、kirinoya代表取締役社長。地元壬生の学校のPTA関連にも尽力し、表彰・感謝状など多数授与。<br />
★家具や雑貨だけでなく、北欧テイストの家具が生きる、家づくりのご相談も承り中です。
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p style="text-align:center;">
<span>kirinoyaさんへの連絡はこちらから。</span>
電話：0282-82-1345<br />
e-mail  : gallery@kirinoya.co.jp
</p>

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    </content>
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    <title>星 絵理子さん 文明</title>
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    <published>2010-09-24T00:51:39Z</published>
    <updated>2010-09-24T05:45:12Z</updated>

    <summary> 「動物性食材を一切使用しない」厳選素材で作る味。 「みなさん農薬の残留物につい...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/photo01.jpg" />
<h3 class="Title15">「動物性食材を一切使用しない」厳選素材で作る味。</h3>
<p>
「みなさん農薬の残留物についてそれほど知識を持ってない方が多いんですよね。」<br />
だけど「知らない」のと「知っている」のとでは後々ものすごい差になって自分や家族に返ってくるんです。<br />
たとえば食用の牛や豚などが食べるエサの穀物類。あれなんかにも農薬がたくさん含まれているんです。もともと人間が食べないものなのでそれほど意識して農薬を減らそうとするよりも、むしろ大量に安く作ろうとするため農薬をどんどん使っているんです。それを食べた牛や豚がまわりまわって我々の口に入ると、エサの農薬は私たちの体内に残留するので、そのお肉を食べることによって我々の身体の中にもどんどん農薬が蓄積されていくんです。恐ろしいと思いませんか？」<br />
お二人は農薬の危険性を訴えました。
</p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image01.jpg" />
<p>
「うちでは無農薬野菜と無化学肥料野菜をメインに使用しています。<br />
食材によっては低農薬の野菜も多少は使用しておりますが、ほぼ身体に害の無い、または害の少ないお野菜を使って調理をしています。」<br />
※無化学肥料野菜とは、酢酸や堆肥、米ぬかなど自然の素材を利用して作った野菜のこと。<br />
※低農薬野菜は極力農薬を使わず作られた野菜のこと。<br />
<br />
決して動物性食材を摂取しない方がいいということではなく、出来るだけ安心して食べられるものを食して欲しいんです。<br />
「目指すのは食育です。食事によって人間の身体や皮膚が作られるし、感情や精神も食べ物によって形成されるものです。正しい知識を持ってリスクを出来るだけ減らしていくことが自分や家族の健康と安全を守ることになるんですよ。」<br />
<br />
「うちのお店の料理をお肉を使ってなかったり、卵やバターも使っていないということで、初めは敬遠する方も多いんですよ。でもとりあえず騙されたと思って食べにきてください（笑）」<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image02.jpg" style="margin: 5px 0px 0px 10px; float: right;" />
口をそろえてお二人は言いました。<br />
その美味しさと、お二人の創意工夫によって誕生した品々は食材を厳選して作っているとは思えないほどの美味しさです。<br />
そして、「お話を聞きにきてください。」<br />
私たちが伝えたいことを、少しでも多くの人に理解して頂けたら日本が、また世界が変わるとご夫婦の夢はつきません。
</p>

<h3 class="Title15">消費者が導く日本の農家さんの未来。</h3>
<p>
突然ですが、2種類のキュウリがあったとします。<br />
・片方はまっすぐで、長さのそろった色のきれいなキュウリ。<br />
・もう片方は、長さが不揃いでごつごつして曲がった不恰好なキュウリ。<br />
あなたはどちらを選びますか？<br />
消費者は、皆、形や色のきれいなキュウリを手に取っていくそうです。<br />
しかし、その行為が「日本の農家をダメにした」星さんはそうおっしゃいました。<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image03.jpg" style="margin: 5px 0px 0px 10px; float: right;" />
「もともと日本の農家は美味くて、安心して食べられる野菜をたくさん作っていたんです。でも、消費者は味が同じでもきれいな野菜を好むようになり、農家の方は売れる野菜を作るため農薬に頼り見た目のきれいな、虫のつきにくい野菜を作るようになってしまったんです。<br />
その結果、野菜に含まれた農薬は人の体内に蓄積し、食べた当人ではなく、その影響は生まれてくる子供たちへと受け継がてがれてしまっているんです。近年アトピーに悩む子供たちが増えてきたのも、その親が食べてきたものが影響しているんです。だから、私たちが少しでも知識を広めていって「不格好なきゅうりを選ぶ人が増えてきた時」日本の農家さんは甦ると思うんです。私たちはそのお手伝いをお店を通じて広めていきたいなと思っているんです。」切々と語るその言葉には強い思いが感じられました。<br />
<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image04.jpg" style="margin: 5px 10px 0px 0px; float: left;" />
誰でも安心して食べられるものを提供したい<br />
<br />
メニューを考える時、まず季節の旬の野菜を選び、それを使った料理を考えるそうです。<br />
そこから動物性の食材を使わず、その料理を作り出せないかをあれこれと考え、お肉の代わりに「大豆たんぱく」という食感がお肉のような素材を使用したり、豆乳を使った自家製マヨネーズを使ってみたり、二人で様々な手法を使いそれに似たものを作り、更にそれ以上に美味しい料理へと変化させていくのです。<br />
「食材を選ばずなんでも使って作るのは簡単なんです。でも"限られた食材で全ての人が安心して食べられる料理"を作るのは難しいんですよ。でもそこが我々の料理人としての最大のチャレンジでもあるんですよね。」<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image05.jpg" style="margin: 5px 0px 0px 10px; float: right;" />
現存する料理に似せ、更にそれを上まわる美味しさと、安全性を持った料理へと変化させていくのです。<br />
最近は、スウィーツのテイクアウトもはじめ、自家製酵母を使用したパンも始めました。<br />
新しいことにもどんどん取り組み二人の夢は尽きる事はなさそうです。
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image06.jpg" style="margin: 20px 0px 0px 0px; float:left;" />
</p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image07.jpg" style="margin: 20px 0px 20px 0px;" />

<div style="margin:20px 0; text-align:center;">
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</div>

<h3 class="Title15">今こそ！日本の農家復活へ！！</h3>
<p>
近年、話題になっている農家の跡取り問題。<br />
若い人の農業離れが進み、日本の農家の技術が失われようとしています。<br />
現在では海外から日本の農業を学び自国へその技術を持ち帰り活かそうとする「海外からの研修」も増えているといいます。<br />
そんな日本の農家の未来を、星夫妻は危惧しています。<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/image08.jpg" style="margin: 5px 10px 5px 0px; float:left;" />
もっと若い人に農業を知ってもらって、農業と野菜の素晴らしさを知ってほしいんです。私たちもご近所のご好意で畑をお借りしてて、そちらで野菜を栽培してるんですが、野菜が出来たときの喜びは格別ですよ。それを調理してお客さんが「美味しい」って言ってくれたらもう最高ですよね！」<br />
好きな野菜だからこそ、その将来を心配しもっと野菜のことを知ってもらいたいそんな思いが二人を掻き立てているようでした。<br />
「夢は大きな土地に畑を持って、近くの農家さんにご指導をいただいて、誰でも住み込みで農業を体験できる環境を整えたいんです。そこで少しでも農業に興味を持ってもらって、収穫の喜びを知ってもらい、農業に携わりたいという人を増やしていけたら日本の自給率をあげることにつながると思うんですよね。それがいずれ宇都宮から栃木県全体になって、日本全体、さらには世界へ日本の農業が広がっていったらこんなに嬉しいことはないですよね！」<br />
夢は大きく!星夫妻の思いは、すでに何歩も先へ大きく広がっていました。<br />
そのために、多くの方に料理を食べにきてもらい、お話を聞いてもらいたいとお二人はおっしゃいました。<br />
<br />
「人に響く料理であって欲しい」<br />
<br />
「新鮮な食材を、ひとつひとつ手作りで防腐剤なども入れずに作るため、日持ちはしないし、時間もかかりますが、ゆったりとソファでくつろいでお待ちください。我々はご来店いただいた全てのお客様と一緒にこれからもHoney'sを育てていきたいと思っています。」<br />
お二人が近い将来「日本の農業を変える」日も近いのかもしれません。
</p>

<p>
2010.7.17　聞き手・ 文・撮影＝鈴木博之
</p>]]>
        <![CDATA[<p style="padding:0 0 10px 0; border-bottom:1px dotted #999;">
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span>
<b>星 絵理子さん</b><br />
バターや砂糖を使わないおいしいスウィーツを創作
</span><br />
エステティシャンからゴルファー研修生、飲食店での仕事経験を経て、現在のtearoom Honey'sを設立。何もない「ゼロ」の状態からお店を始めて、現在はたくさんの常連さんも出来ました。エステの経験を活かし併設されたエステ店でも活躍！！バイタリティ溢れるオーナーさんです。
</p>

<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry15/top-image02.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span>
<b>星 文明さん</b><br />
本場で学んだ経験を活かし、絶品ランチを作る
</span><br />
ホテルの厨房で働いたあと、中国に渡り半年ほど本場の中華を修行。その後レストランバーから工場勤務を経て、現在にいたります。<br />
本場仕込みの腕を発揮し、野菜をメインに見事なランチを次々と作成しています。<br />
ほのぼのとした癒し系のマネージャーさんです。
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>櫨 信夫</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/08/post-13.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289653163</id>

    <published>2010-08-17T08:38:45Z</published>
    <updated>2010-08-17T01:17:17Z</updated>

    <summary> 「ミラノ食堂」 誕生の起源。 「根拠はなかったんだけど、なんとなく予感してまし...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry14/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title14">「ミラノ食堂」 誕生の起源。</h3>
<p>
「根拠はなかったんだけど、なんとなく予感してました。自分はきっと、将来食の道に進むであろうことを、ずっと昔からね。」<br />
宇都宮市にある「ミラノ食堂」は、味・ボリューム・手ごろな価格設定で大人気のイタリアンレストラン。代表取締役の櫨さんは、現在スタッフを教育しながら、ミラノ食堂を営業している。料理だけでなく、心のこもった接客応対も人気の秘訣だ。オープン以来、ランチ・ディナータイムにはいつも満席状態でにぎわっている。<br />
こうして愛されるミラノ食堂が誕生した起源には、幼い頃からの家庭環境があったという。「両親ともに飲食店を経営していたから、日常的に料理職人が自分の周りに居たんです。ものごころついた頃には、既に「食」はあまりにも身近なものでした。」
ある日、親戚のおばさんが櫨さん宅を訪れる。そこで櫨さんは、緑茶を淹れた後に冷蔵庫でつめたく冷やして出すことを思いついたのだ。今でこそ冷たい緑茶に不思議はないが、当時は緑茶はお湯で淹れるもの、という考えが当たり前だった。おばさんは、冷たい緑茶を美味しく飲み干した後、いつもより多くお小遣いをくれた。自分が考えた工夫で、人を喜ばせることが出来た。満足してくれた。櫨さんは、幼くして「人に喜ばれるには」というサービスの根源を知ったのだ。そしてこの頃から、なんとなく自分が将来食の道を歩むことを感じていた。<br />
この当時、まだ幼稚園生。そしてそのサービス精神は、今日の「ミラノ食堂」にもしっかり息づいている。
</p>

<h3 class="Title14">宇都宮に「ミラノ食堂」あり。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry14/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
５・６年ほど前、競輪場通り沿いに「ミラノ食堂」の1号店・戸祭店がオープンした当時、イタリア料理は敷居の高いものという風潮が今よりも強かった。<br />
「味が美味しいことはもちろんですが、ハードルを全部取り払い、イタリア料理を大勢で手軽に、それこそ厨房もお客様の姿も一望出来て、オーダーをとる声やみんなでワイワイ楽しんでいる声も聞こえあうような...そんな大衆的なお店が理想です。」<br />
行列をつくるその店は開店するやいなや満席で、常に人が入れ替わり立ち代り。その盛況ぶりは、「ミラノ食堂」の名を宇都宮に知らしめるには充分すぎるほど鮮烈なデビューであった。２号店として下栗店をオープンさせてからも、その人気ぶりは健在だ。ブログに取り上げられることも多くなり、「ミラノ食堂」は宇都宮においてイタリアンレストランを代表するまでにその名を知らしめた。
「【イタリアンを食べに行きたい】ではなく【ミラノ食堂に食べに行きたい】、そう思ってもらえるお店でありたい。美味しいものを食べにいこうって決めた瞬間から始まるどきどき・ワクワク感ってすごく楽しくって、お店にいくまでの道のりだって前菜になるでしょう。イタリア料理、という技術を使って、多くの人に笑顔になってもらったり元気になってもらいたいですね。」<br />
その理想を現実のものとし、数多くのファンを獲得した櫨さんは、間違いなく宇都宮市を活性化させ盛り上げた一人であろう。
</p>

<h3 class="Title14">地産地消の取り組み。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry14/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「ミラノ食堂」では、地元の食材にこだわっていることでも知られている。戸祭店においては、「とちぎ地産地消推進店」にも認定された。栃木県で生産された農作物をふんだんに使い、地産地消の推進に取り組んでいる店舗が称される。味が良くても、形が悪いがために商用として規格外になってしまう野菜なども捨てずに調理に取り入れているそうで、地産地消のきっかけについてお伺いしたところ意外な答えが返ってきた。<br />
「まず、小さい頃からずっと慣れ親しんできた【母親の味】が一番ということがルーツです。それはつまり、生まれ育った故郷の味でもあるんです。地元の味にこだわっているのは、母の味・地元の味を愛する、ということが始まりですね。」<br />
また、食を通しての新たなチャレンジ精神も忘れない。「たとえば、ミラノ食堂が規格外のトマトを使うことによって、ただエコになればいいってわけじゃない。栃木のトマト業界に貢献でき、共に成長していけたら、と思います。自己満足ではなくて、そういった外からのニーズに応えていったとき、本当にステップアップ出来ると思います。」
</p>

<h3 class="Title14">夢は、日本一！</h3>
<p>
櫨さんに、これからの展望についてお伺いした。
「夢は、もちろん日本一です。ナンバーワンであり、オンリーワンであり続けること！店舗の数が日本一とかそういうことではなくて、地元・宇都宮市と共に成長していけること。そしてお客様にとっても、ミラノ食堂はミラノ食堂であり続けたい。だから、どういう顔で食事をされているか見届ける義務があるし、どういう評価を頂いているのか確認をしないと、良い仕事は出来ない。トータルして地元貢献度日本一・それが、「ミラノ食堂」が目指す日本一のビジョンです。」<br />
美味しいもので楽しんでもらいたい、笑顔になってもらいたい、という精神はいつまでも変わらず、前向きな将来を見据える櫨さんのまなざしは、一途でとてもまっすぐだった。
</p>

<div style="margin:20px 0; text-align:center;">
<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/HD5_lgnTgFk&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1?rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/HD5_lgnTgFk&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1?rel=0" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>
</div>

<p>
2010.7.13　　取材=松本芳宣　　文＝大塚恵美
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry14/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>櫨 信夫さん</b>イタリア料理を栃木に近づけた仕掛け人</span><br />
宇都宮短大　調理科卒<br />
ステーキハウスみはしでフランス料理長を務める。<br />
単身イタリアへ修行を積む。<br />
ミラノ食堂　戸祭店・下栗店経営
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p style="text-align:center">
イタリアの家庭の味をお届け致します。<br />
<a href="http://www.miranoshokudou.com/">http://www.miranoshokudou.com/</a><br />
<br />
<span>ミラノ食堂さんへの連絡はこちらから。</span>
戸祭店／Tel.028-627-6066<br />
下栗店／Tel.028-634-6151
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>鈴木　輝夫</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/07/post-12.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289653128</id>

    <published>2010-07-29T15:21:42Z</published>
    <updated>2010-08-04T01:29:05Z</updated>

    <summary> 地元・大田原の名店、すゞや食堂 大田原のそば・うどんのすゞや食堂といえば、市民...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry13/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title13">地元・大田原の名店、すゞや食堂</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry13/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
大田原のそば・うどんのすゞや食堂といえば、市民で知らない人はいない。近隣のお客様も多いが、それよりも遠方から、わざわざやって来るかつてのファンも少なくないそうだ。お昼の混雑時には、次から次へと、客足が途絶えることがない。<br />
場所は大田原高校すぐそば。学生にももちろん人気だが、近くに太田原警察署が引っ越して来た頃から、客層も変わってきた。パッと短時間で食べられるそばは、警察官に重宝され、出前も増えた。手軽なそばをよく食べる警察官には、そば通が多いそうだ。<br />
今回の街達は、地元大田原で42年間、そばを打ち続けているすゞや食堂の店主、鈴木輝夫さんにお話を伺った。<br />
<br />
「生まれも育ちも大田原。28歳の頃までは、家業の文具店を手伝っていたんです。そこから、お店のすぐ近くに太田原高校が出来て、その時に文房具っていうより即席ラーメンが学生にすごく売れたんだよね。何か新しいことが出来ないかな...と思ったのがきっかけです。」<br />
最初はラーメン店の話もあったが、うどんなら時代が移り変わっても大丈夫...と叔父に勧められ、始めることにした。<br />
「その叔父さんもちょうど、おそば屋をやっていたものだから、そこに修行に行ったんです。昔はバーナーなんてない時代だったからね、最初は薪で麺を茹でてたんだけど、いや、これが大変でね。四六時中、火の番をしていなくちゃならないから、休まる時がありませんでしたよ。それから石油バーナー、ガスバーナーが出来て、随分便利になりました。」
</p>


<!--div style="margin:20px 0; text-align:center;">
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</div-->

<h3 class="Title13">目を閉じても、足裏でも分かる感覚。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry13/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
すゞや食堂の一番の特徴といえば、なんといってもその量。通常の平均的な麺の量は280ｇらしいが、すゞや食堂での量は400g。<br />
「男性には好まれる量だけど、女性でもぺろっと食べる人もいますよ（笑）。うちはつけ麺が主流だけど、それなら麺が水分で伸びすぎないから、食べるのに多少時間がかかっても大丈夫。もっと大盛りにすることもできるしね。」<br />
おだやかな笑顔でそばを打ちながらのインタビュー。<br />
そば粉を混ぜた後、鈴木さんは身軽にひょいっと台の上に飛び乗った。体重をかけてそばを踏み、平らにならしていく。足裏から伝わってくる感覚で、そば粉の具合も分かるようです。繁忙期は、この台の上に乗る作業も、身軽には行かなくなるといいます。パタン、パタン、とそばを打つ音が作業場に響く。<br />
朝5時から、作業はスタート。<br />
「まぜる時間は7〜10分間。それでも焦るとダメ、水分が混ざらないから、そばがプツプツと切れちゃう。やっぱり時期で言えば、ちょうど蕎麦粉を収穫した10月〜11月の新蕎麦が最高だね。」
そば打ちが終われば、今度は切る作業。トン、トン、トン...こちらも一定のリズムが鳴り響く。寸分の違いもなく、正確にそばが仕上がってく。<br />
「目を閉じていても太さが分かるし、練り具合は足の裏でも分かるよ（笑）。伸ばしたそばで一番美味しいのは、この端っこのところだね。」<br />
そばは20分くらいで打ち上がるが、うどんはなかなかそうは行かず、２時間もの労力を費やすそうだ。<br />
「もう40年近く、毎日この作業をやってるけど、いやいや、それでもなかなか蕎麦打ちの先生にはなれないねえ（笑）。」
</p>

<div style="margin:20px 0; text-align:center;">
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</div>

<h3 class="Title13">愛すべき地元・大田原を見守り続けて。</h3>
<p>
すゞや食堂の裏手には、毎日そばを待っている、かわいらしいお客さんがいる。
「切れ端のそばやうどんを、いつも鳩やすずめにあげるんです。毎日決まった時間に集まってきますよ、みんなよく分かってるんですねえ（笑）。」<br />
現在、すゞや食堂は鈴木さんの奥様と、長男ご夫婦の４人で切り盛りされている。２代目となる秀彦さんも、幼い頃からなんとなく、いつかこの食堂を継いでいくことを思い描いていたそうだ。
「ある日市役所にそばを届けにいったら、市長さんが奧から出てきて、『息子さんの作文が賞をもらったよ！』なんて言われたんです。なんのことだか、言われるまでさっぱり分からなかったんだけど、長男が書いたうちのそばの作文が入賞したらしくて、今でも思い出に残ってますねえ。」<br />
<br />
鈴木さんが一番楽しみにしていること、それは地元在住の同級生との懇親会だ。子どもの頃の思い出話に華を咲かせる時が、一番の楽しみだという。何枚か集合写真も見せていただいた。
「昔はこの辺りで大田原の荒町といえば、すごく活気があって、発展していたんですよ。でもだんだんと、若い人たちも大学に進学して故郷を離れるようになって、今では寂しくなっていきました。商売をやっている家が息子を大学に出せば、後継者がいない。そうして街に人がいなくなっちゃうんだよねえ。」<br />
<br />
伝統のスタイル、伝統の味を守り伝える。愛され続けたすゞや食堂は、今しっかりと、2代目である秀彦さんに受け継がれている。<br />
「元気なうちは、ずっとそばを打ち続けますよ。もうこれが習慣になってるからね。」<br />
そば好きな人の顔は見れば分かる、と鈴木さんは言う。そんなそば通がお店に来た時は、盛りにいっぱい乗せて食べてもらいたい、と思うそうだ。正確にそばを打ち、切る作業はもう鈴木さんの身体の一部になっている。
</p>

<p>
<br />
2010.6.11　　取材・文＝松島佐和子<br />
<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry13/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>鈴木　輝夫さん</b>大田原市民に愛される、老舗のそば打ち名人</span><br />
昭和14年生まれ。18歳の頃はスズキ文具店を手伝い、29歳よりすゞや食堂を始める。大田原交通安全協会副支部長、アジア学院大田原支部事務局、大田原ライオンズクラブ会員。柔道も3段の腕前だそうだ。
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p>
<span>すゞや食堂さんへの連絡はこちらから。</span>
電話：0287-22-3403 大田原市紫塚1-6-15<br />
営業時間／11：00〜15：00、17：00〜19：30<br />
定休日／月2〜3回（日曜）
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>大高　忠之</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/06/post-11.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652937</id>

    <published>2010-06-24T05:25:04Z</published>
    <updated>2010-06-25T00:59:46Z</updated>

    <summary> 着物屋と氷店、二足のわらじ 大田原市内、山の手にある有限会社那須屋は、江戸時代...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
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    </author>
    
    
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        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title12">着物屋と氷店、二足のわらじ</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
大田原市内、山の手にある有限会社那須屋は、江戸時代より続く、創業300年以上の老舗のきもの店。現社長は、13代目となる大高忠之さん。33歳の若社長だ。<br />
もう一つの家業である氷店は、大高さんの祖父の時代から始まった。今では大田原でも有名な氷屋として知れ渡っている。特に夏のかき入れ時のニーズは多く、販売や配達はもちろん、育成会やバーベキュー、町内行事などイベントには欠かせない存在となっている。<br />
「きもの屋で氷屋？とよく聞かれるんですけど、着物だと夏の売上げが見込めないので、夏だったら氷だろう、と祖父が考えて始めた商売なんです。」<br />
店頭販売であるかき氷も１個から行っており、近所のOLさんや学生たちも気軽に立ち寄って、買い求めていく人気商品になっている。<br />
「氷屋のかき氷はひんやり状態が長持ちして、シャリシャリ感がいつまでも続きます。美味しいって、お陰様で口コミでも広がってますね。」
</p>

<h3 class="Title12">長い年月をかけて開発した、球体の氷</h3>
<div style="margin:20px 0; text-align:center;">
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</div>

<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
早速、氷をカットする作業場に入らせていただいた。着物でお出迎えいただくのか...と思いきや、作業服であるつなぎで颯爽と登場された大高さん。<br />
「氷の作業の時は、いつもこれなんですよ、足下に気をつけてくださいね。」<br />
広い作業場は、当然ながら空気もひんやりとしており、土足厳禁。上履きに履き替えて通されたのは、床全面がプラスチックのまな板状になっている部屋。巨大な冷凍室の重い扉が空くと、大きな氷の固まりが登場。特大の氷をカットするような機械は、メーカーがあるわけでもなく、特注で作るそうだ。<br />
「これからカット作業に入りますが、かなり音も大きくてうるさいですよ（笑）。」<br />
ギーッと大音量が鳴り響く中で、氷がカットされていく。作業は手慣れたもの。ギザギザと鋭い刃がびっしりと付いた歯車が、高速回転で回る。傍目に見ていても、とても危険な作業だと分かる。
「危ない目にも遭いましたよ（笑）。本当に真剣に気をつけないと、自分の体の一部なんてすぐにカットされちゃいます。作業中にズボンが切れたりとか、ひやっとしたこともありました。」<br />
自慢は、何と言っても独自に開発した球体の氷だ。正円の氷を特別に見せていただいた。<br />
「年月をかけて完成させたので、作り方は企業秘密なんですけど（笑）、特別にゆっくり凍らせる手法で完成する氷です。シャリシャリの状態を長持ちさせて、口の中ですっと溶けていくんです。そのフワフワの食感にやみつきになるお客様もいらっしゃいますね。こだわりのあるお店のオーナーさんとか、あとはアルコールを提供される店舗さんなんかにニーズがあります。この氷を入れたロックグラスで飲むお酒は、これまた格別なんですよ。」
</p>

<h3 class="Title12">大田原の老舗を、守り抜く誇り</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/image03.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
次に、場所を移動してお着物を販売する店内にお招きいただいた。ものの10分ほどで、今度は浴衣に鮮やかにチェンジ。<br />
「いつもたすきをつけて仕事してるんで、こんな感じです。着物は小さい頃からずっと慣れ親しんでるんで、さすがに着慣れました。学生の頃から家業を手伝ってきたので、いずれ継ぐことになるだろうとは思っていました。」<br />
高校を卒業後、大高さんはとある老舗の呉服屋さんに数年間修行に出た。<br />
「そのまま実家ですんなり家業を始めるよりは、他の世界も見て...というのが方針でした。学ぶこともできて、修行に行ったことはとてもプラスになっていますね。」<br />
祖父に引き続き、父親の背中をずっと見続けてきた大高さん。<br />
「なんとなく影響はされているんでしょうね。祖父に関しては、昔から商売の才能に長けた人で、以前は養殖とか、いろんな分野の商売もやっていました。厳しくて頑固な祖父だったと記憶してます。父親に関しては特に印象に残っているのは氷の管理ですね。昔は今みたいに大型の冷蔵庫なんてなかったから、夏の間中ずっと、温度管理に目が離せない。休みもなく、24時間氷の管理をしていました。」<br />
<br />
元々、大田原のこのあたりの周辺地域は、大田原城の城下町として栄えたエリアだ。<br />
「だから昔からの商人の家が多いんですよ。うちの近所にも、創業何百年という名店がたくさんあります。ただ、街自体も寂しくなってしまって、後継者の問題とか、色々あります。寂しい話ですが。」<br />
少年時代は毎年、夏休みといえば氷屋の手伝いが日課だったという大高さん。氷を管理する、切る、売るという行為は、もはや当たり前の日常になっていったという。<br />
「大田原生まれ、大田原育ちで、この店も13代も続いてきた。この流れを確実に守り、次世代に引き継いでいく使命感を感じますね。」
</p>

<p>
<br />
2010.6.11　　取材・文＝松島佐和子<br />
<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>大高　忠之さん</b>老舗を守り抜く情熱が開発した、球体の氷</span><br />
昭和52年生まれ。きもの屋の老舗、那須屋に生まれ、家業を手伝い育つ。現在は「おいしい氷の店　なすや」の会社代表としても、大田原で看板を守り続けている。
</p>

<div id="OtakaProfBox">
<p>
<span>那須屋さんへの連絡はこちらから。</span>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry12/image04.jpg" class="Image01" />
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>瀧　誠司</title>
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    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652806</id>

    <published>2010-05-28T01:47:50Z</published>
    <updated>2010-06-25T00:59:56Z</updated>

    <summary> 蘭に魅せられ、蘭と活きる 「元々実家が花屋だったということもありますが、植物や...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
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    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title11">蘭に魅せられ、蘭と活きる</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「元々実家が花屋だったということもありますが、植物や花に関連した仕事がしたい、という希望が以前からありました。花の中でも蘭が一番、高級感もあって美しく、素晴らしいのではないかと思います。」<br />
宇都宮の宝木にある、阿比留蘭園は、知る人ぞ知る、蘭栽培の専門会社だ。国内生産はもちろん、主なニーズは国境を越え、アメリカ、ブラジル、インドネシアなどに苗を輸出している。現社長である阿比留社長は、日本で初めて、蘭のクローン技術開発に成功した。<br />
ビニールハウス内には、出荷を待つ蘭のフラスコ苗が整然と並ぶ。ここ阿比留蘭園では、胡蝶蘭栽培の第一段階、増殖から定植できる大きさになるまでの発育を行う。育った蘭の苗が海外に輸出され、その土地で成長し現地販売される仕組みだ。取り扱うのは主に胡蝶蘭で、その他、大田原と南宇都宮の2カ所の栽培施設では生花販売もされている。<br />
阿比留蘭園の瀧さんは、元々JAでの勤務を経て、現会社に入社。<br />
「蘭は特に寒さに弱い植物でして、金額も高い。高額のものだと１万円以上で、主に祝い事などに特化したニーズが多いですが、他の花には出せない色合いや形状などが魅力だと思います。成花となれば持ちも良くて、１ヶ月以上は花も咲き続けるし、手入れ自体は難しくないんですよ。」
蘭の栽培所は意外と身近に多く、栃木だけでも40カ所、関東においては300件ほど点在しているという。
</p>

<h3 class="Title11">淡色を好む日本、濃色を好む海外</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
海外に苗を輸出していることが阿比留蘭園の特筆すべき点であり、高い技術と品質が評価された結果だ。<br />
「宇都宮からアメリカ、ブラジル、インドネシアに輸出していて、それぞれ現地のオーナーや栽培責任者が日本の方なんです。インドネシアからはさらに、育った蘭をヨーロッパ各地やオーストラリア、東南アジアに再輸出しています。やはり日本の苗が世界で一番良くて、安全面も評価されているし、品種改良の面でも優れています。日本人の細やかさや器用さが評価された結果なんですね。」<br />
各国で栽培される蘭は、結果、見栄えや色彩、並び方も違うものとなる。そして現地での販売価格も、物価に応じて異なっていく。ブラジルやインドネシアは、10分の１の価格で、世界一安い価格で蘭を販売している。<br />
「日本で蘭を売るとなると完成品ですが、うちが海外に送っているのは半成品で、つまり一番手間のかかる初期段階を、日本人がやっていることになります。」<br />
毎年数ヶ月は、海外で仕事をしている瀧さん。<br />
「海外だと、イエス・ノーをはっきりさせなきゃいけない文化ですから、指導するにも微妙なニュアンスじゃ伝わらないですね。そのせいかどうか、海外でははっきりした濃い色の蘭が好まれるんですよ。日本人だけです、淡い色が好きなのは（笑）。」<br />
「ブラジルやインドネシアや、後進国と呼ばれる国の人たちは、やはり日本人以上に働くし理解も早いという印象です。日本人も真面目で勤勉だと思うんですけど、他のアジアの国の人たちも相当、器用で勉強熱心だと思いますね。」
</p>

<h3 class="Title11">「日常花」としての蘭へ　新商品の販売がスタート</h3>
<div style="margin:10px 0 0 0; text-align:center">
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/image03.jpg" style="margin: " />
</div>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/image04.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
「蘭は育てやすいけれど、なかなか手が出ない高級花ですよね。そういった高いイメージをできれば払拭したいなと考えているんです。お金持ちの花というイメージをね。海外でも珍重されるのは、やはり富裕層がメインになっているんですけど、最近、1000円〜2000円の単価で購入できる蘭を開発したんです。アパートや普通の一軒家のレベルだと、蘭のような大輪の花を置くスペース自体も限られてしまう。小振りで小さい蘭で、安価だったら、ちょっと買ってみようかなという気になっていただけるかなと思うんですよね。」<br />
実際に、小振りの蘭は大田原市の施設で販売がスタートしている。その他、那須アウトレットでも販売の準備段階に入っているところだ。<br />
「花は明らかに、生活必需品ではなく、『ゆとり』の部類に属しますよね。蘭なんか特にそう。今のような時代は、目先のことが一番になるのもやむを得ないですが、それとは逆に、家庭の単位で買い求められる花の需要が少しずつ増えているのも事実なんです。」<br />
休日に外出しない傾向が増え、自宅でのんびりと楽しむという人たちが増えてきている。そんな中で、自宅に彩りを添える意味合いで花を買い求める需要が、わずかだが出てきているそうだ。
「海外の方と比較しても、日本人はきちんと考えながら買い物もしていると思います。抑えることもするけど、使うところではきちんと使う。蘭はまだまだ高級な花ですが、少しでもこの美しさを伝えたい。出来るだけ安価で身近な花としても楽しんで頂けるようにしたいですね。」
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="480" height="385"><param name="movie"
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</div>

<p>
<br />
2010.4.6　　取材・文＝松島佐和子<br />
<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry11/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>瀧　誠司さん</b>育てる苗は、国境を越えて花開く</span><br />
1976年茨城県生まれ。<br />
JAでの勤務を経て、（有）阿比留蘭園に入社、現在に至る。
</p>

<div id="TakiProfBox">
<p>
<span>阿比留蘭園への連絡はこちらから。</span>
電話：028-665-5947 （ （有）阿比留蘭園  ）<br />
<b>生  産</b>（有）中川花園  tel.028-654-0370
</p>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>青田　賢之</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/05/post-9.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652720</id>

    <published>2010-05-15T01:19:20Z</published>
    <updated>2010-05-15T01:51:48Z</updated>

    <summary> お年寄りの過酷な現状を目の当たりにして... 鹿沼市千渡にあるグループホーム無...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry10/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title10">お年寄りの過酷な現状を目の当たりにして...</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry10/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
鹿沼市千渡にあるグループホーム無量荘は、一見すると老人介護施設には見えない様相をしている。一般住民のアパートのような造りとも言えるその建物には、地域住民やボランティア、スタッフなどの意見が集約され、4年という長い年月を経て建てられたものだ。玄関を入ってすぐに、広々としたシステムキッチンが広がり、まるで誰かのお宅に招かれたような印象を受ける。
「部屋の壁紙、同じように見えるかもしれませんが、全て模様は違うんですよ。単調な白い壁紙一色だと、施設や病院のような雰囲気になって、入居された方に緊張感を与えてしまうのではないか...と思いまして。」<br />
壁紙一枚、床板一枚、個人の意見で選んだものは一つもないという。無量荘ホーム長であり、NPO法人福聚会理事、栃木県高齢者小規模ケアネットワーク顧問でもある青田さん。元々は、同じく鹿沼の板荷の町にある観音寺の副住職だった。印刷業界でも11年間、サラリーマンとして勤務した経験もある。<br />
「父親の手伝いで檀家さんを回っていた際、お年寄りの直面している現状を目の当たりにしたのが、福祉の仕事を始める最初のきっかけでした。」<br />
「元気だと思っていた方が、骨折して家にこもっていると数ヶ月後に葬式の知らせが来たり...また山間地域だと若い人は働きに出て、お年寄りが一人で家に寝かされている場合も少なくない。その問題を突きつけられた時、地元のために何か出来ないかな...と思いました。」<br />
まず手始めに、脱サラで宅老所をスタート。地元の有志が手伝ってくれて、初期の段階は4名のスタッフで運営した。理想の福祉とは、希望を与えられる福祉とは何か...最初はなかなか理解されないことも多かった。<br />
施設をスタートした頃、行政からのある指導が入った。<br />
<br />
〈拘束禁止〉<br />
<br />
「最初、何のことかさっぱり分からなかったです。拘束ってつまり...、鍵をかけたり手足の自由を効かなくして行う介護なんですよね。自由を奪うような介護が、一方で当たり前に行われていたんです。そんなことは考えも及ばなかった。うちは認知症の方ばかりですが、部屋に鍵もかけない。それも当たり前だと思っています。」<br />
お年寄りは、人生の先輩として敬うべき。それが青田さんの基礎理念だ。<br />
「人間社会の秩序っていうか、歳を取ったら敬われるべきだろうと僕は思うんです。体が不自由になったり認知症になったとしても、軽んじるなんてことは、人間社会としては恥ずかしいことだと思うんです。」
</p>

<h3 class="Title10">理想の福祉施設とは、何か</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry10/image02.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
建物一つ、部屋一つ造るにも徹底してこだわった努力の結晶が、この無量荘にはたくさん息づいている。一般の施設は、施設オーナーとコンサルタントの話し合いの元、形となるのが常であるが、無量荘は全く真逆の方法論を取った形となった。<br />
「高齢者福祉施設の外観自体も、けっこう地域や町並みとマッチングしていないことが多いな、というのが各所を見て回った感想でした。お年寄りがいったい何を望んでいるのか、一つ一つ検証したかったんです。」<br />
そこで青田さんたちが取った方法が、映画上映会や講演会、シンポジウムを開く中でアンケートを取り、『理想の老後』を徹底リサーチすることだった。住所を記入してもらった場合はダイレクトメールで、実際に活動に参加してもらえるよう呼びかけた。<br />
「毎月そんな会合を行って合計で約50回、4年かかりました。他の施設も見学して、行政とのやり取りにも加わってもらって、結果、どこにも個人的意見で決めない、みんなの理想の施設が出来上がったと自負しています。」
</p>

<h3 class="Title10">「五感」で感じられるサービスを</h3>
<p>
「鍵なんかかける必要がないのも、職員の心遣いが隙間無く行き届いている結果でしょうか。各月のリーダー会など、職員同士、利用者の方には決して分からない場面で互いを指摘し合うことがあります。忘れだったり漏れだったりの事柄ですが、私も未だに注意されます（笑）。それから利用者の方ももちろんそうですが、職員も幸せを感じられるような職場でないといけません。全員参加型のスタイルですから、皆さん意欲的に、ただ決して無理強いすることなく、自宅にいるような自然な雰囲気作りに尽力してくれています。」<br />
スタッフへの指導として、『決して走らない』というルールがある。せかせかと日常動き回っていれば不安を与えてしまうため、自宅にいる時のように安心して過ごして頂きたいという心遣いからだ。<br />
「認知症は言葉では理解してもらえません。だからこそ、自由に楽しく振る舞える雰囲気が大事じゃないのかなと思うんです。言うなれば『五感』で感じてもらえるような、より繊細なサービス精神が必要になってくるはずなんですね。」
</p>

<h3 class="Title10">自分のペースで、自宅にいるような雰囲気で</h3>
<p>
青田さんには忘れられないエピソードがある。<br />
「以前、走りだった宅老所をやっていた時のことです。認知症で徘徊のひどい女性がおられました。僕とお話をしていて、10分くらいは会話してくださるんですが、話の途中のふとした瞬間に外に出て行かれてしまう。それなのに、ご利用1ヶ月で徘徊がパタっと無くなったんです。その方は、人との視線が外れた瞬間に、外に出て行かれることが分かったんですね。そこで付き添いのスタッフが本当に一日中、ずっと目線をはずさずに介護をしたんです。その忍耐力には、学ばされました。」<br />
人と人が関わる仕事こそ、時間から時間までというスタイルでは確立せず、達成感も感じられない。人が相手の仕事だからこそ、ここまでという限界もないはず。性格も体力も、病も違い、その日においては体調も違う。無量荘では、全員参加型のメニューを行ったりはしていない。この決断も、幼稚園にいるような集団的なケアに反発を覚えた青田さんたちが、当初から貫いている点だ。ご利用者のその日の気分や体調に応じて、散歩に行きたい、花見に行きたい、買い物に行きたい等、ご要望を都度聞く。気分が乗らなければ一日中、施設の中で過ごすことも可能だ。<br />
「基本は何でも、ご自宅ベースで考えていますから、不自然なカリキュラムを無理強いしたくはないんです。それから、家にいるのと同じように出来る範囲でのお掃除もして頂いています。生活の中での自分の役割、存在価値をもって頂くことがとても大事だと思うからです。どの部屋に入っても、掃除も行き届いていますし、臭いもないはずです。」<br />
本来は「福祉」という言葉自体、無くなることが理想という青田さん。職員の何人かは市民活動にも参加しており、一人一人が単なる福祉専門職員としてだけではなく、ボランティア活動などを通して地域作りに、志し高く励んでいる。<br />
「『残念ながらご自宅での介護が難しく、施設に頼らざるを得なかった場合』に、こういった施設をご利用いただきたい、それが福祉だと、僕は思っています。」
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/iJEYYGt-b2E&hl=ja_JP&fs=1&rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/iJEYYGt-b2E&hl=ja_JP&fs=1&rel=0" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>
</div>

<p>
<br />
2010.4.3　　聞き手・文＝松島佐和子<br />
<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry10/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>青田　賢之さん</b>福祉サービスの未来を照らす先駆者</span><br />
1959年鹿沼市に寺院子弟として生まれる。宗派本山勤務2年、印刷会社勤務11年を経て、1996年に宅老所「無量荘」開所。<br />
介護支援専門員として現在に至る。<br />
（現職）福聚会　無量荘グループ代表。グループホーム無量荘ホーム長。ＮPO法人福聚会理事、栃木県高齢者小規模ケアネットワーク顧問、認知症介護指導者、かぬま市民活動広場
</p>

<div id="AotaProfBox">
<p>
<span>無量荘への連絡はこちらから。</span>
電話：0289-60-0766 （グループホーム 無量荘）
</p>
<div id="AotaProfBoxIn">
<a href="http://www.geocities.jp/muryoso/" class="ProfLink" style="color:#00633D;">http://www.geocities.jp/muryoso/</a>
<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
<input type="text" size="20" name="as_q" value="無量荘">
<input type="submit" name="btnG" value="検索">
Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
Google</a>
</form>
</div>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>川口　法行</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/04/post-8.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652701</id>

    <published>2010-04-28T02:12:43Z</published>
    <updated>2010-06-25T01:01:00Z</updated>

    <summary> 栃木でも先駆者と言える、本格レースドライバー 宇都宮市の錦に、そのガレージはあ...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=1</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry09/photo01.jpg" />
<br />
<br />
<h3 class="Title09">栃木でも先駆者と言える、本格レースドライバー</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry09/image01.jpg" style="margin: 0pt 0pt 5px 10px; float: right;" />
宇都宮市の錦に、そのガレージはある。FKD宇都宮店の近郊、閑静な住宅街の中にある、本格カーショップ、ターマック・プロ。一般車両整備はもちろん、特筆すべきはレーシングカーの制作・整備、および各種モータースポーツイベントの企画・運営を行っている点だ。<br />
「年間を通して、大小様々なレースに参戦します。全国飛び回りますね。お客様から要望があってサポートするレースも含めると、1年で15レースに及ぶと思います。」<br />
ターマック・プロ代表取締役の川口社長。2000年の冬に会社を立ち上げ、今年で10年目。幼い頃から、車の仕事がしたいとずっと思っていた。<br />
「小学生の頃、『サーキットの狼』が丁度大ブームで、僕もレーサーには憧れました。パイロットにもなりたかったんだけどね。とにかく、メカニック関係の仕事に就くのが夢でした。」<br />
高校を卒業して、大手車メーカーのディーラーに就職。給与も安く、休みも少ない勤務だった。<br />
「有給自体も取りづらい体質がディーラーにはずっとあって、本業をしながらとてもじゃないけど、趣味のレースなんかに打ち込める時間がなかった。レースがやりたかったから、ディーラーは辞めて、レースに打ち込める環境を作りました。出来れば本格的にやりたい、商売をやりながら...というのが理想で、当時からしてみれば夢のような話でした。」<br />
「当時、栃木でレースをやっている人間はほとんどいなくて、正に先駆け的な存在でした。今でこそツインリンク茂木なんかがありますけどね。何とか、レースのクラブを見つけて入ったんです。そこで出会った色んな人にも教えてもらいながら、半分は自己流でね。」<br />
川口さんがレーサーとして実際に車に乗っていたのは、会社を立ち上げるまで。2000年の設立以来、商売を始めるきっかけで車からは降りた。35歳まで趣味でレースドライバーを続け、今では趣味を超え、レースが仕事になっている。<br />
「若い頃はね、峠を走っている時なんかは自分が一番上手い、と思っているわけです。もちろん上には上がいて、最初は自分より早い選手がいると悔しい。でも少しずつ自分のレベルも上がってくると、実力が分かってくるんです。自分がなぜ追いつけないのか、何が劣っているのかが冷静に分析できるようになるんですね。自分が下手なのをなかなか認められなかったけど、レベルが上がるほどに、欠点が認められるようになりました。」
</p>

<h3 class="Title09">もっと身近に感じて欲しい、モータースポーツ</h3>
<p>
「レースが仕事になると、実際辛いんですよね（笑）。結果が悪ければ、駄目。答えが出るのはゴールしてから。命も預かるわけだし、負けるわけにはいかないし、毎回ヒヤヒヤものですよ（笑）。」<br />
実際に何度も辞めようと思ったことがある。プレッシャーに苛まれながら、それでも辞めるわけにはいかない。<br />
「モータースポーツ自体、メディアによってかなり脚光を浴びて、その分メジャーな立場にもさせてもらったけど、今は特に世の中が不景気だから、スポンサーも付かなくてかなり厳しい状況です。燃料の値段も高騰したり、先行き明るいとは言えません。」<br />
昨今においては、エコブームも追い打ちをかけて、非難されつつある実情もある。<br />
「分かる人にしか分からない文化でもあるんです。確かに、ガソリンをばらまいてうるさいかもしれない。でも、栃木には茂木にサーキットも出来ているにもかかわらず、中途半端になっちゃってるところがもったいないですよね。施設はあれだけ立派なのに、身近じゃない。鈴鹿なんか行くと、普通にお年寄りの世代なんかもけっこう観に来て居るんですよ。そこは全然違うなあという感じです。あとは観戦の値段も高すぎるっていうのもあるかもしれないですね。本当は、映画1本観に行くくらいの設定にするのが理想なんですが...もっと地元の人にも観に来てもらいたいですよね。」
</p>

<h3 class="Title09">整備への絶対的な自信</h3>
<div style="margin: 10px 0pt 0pt; text-align: center;">
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry09/image02.jpg" /><br />
<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry09/image03.jpg" />
</div>
<p>2010.4.4　ツインリンク茂木で行われた「スーパー耐久」で堂々2位に入賞</p>
<p>
毎レース、毎レース、いい結果も悪い結果もある。全てが同じではない。正直、プロの上手いドライバーを雇えば勝てるはずだ、と川口さんは語る。それだけ、車のメンテナンスにおいては絶対的な自信がある。<br />
「元々、カーレースって貴族とか、お金持ちのスポーツだったんですよね。だから実際、お金の力がものをいうところが辛いところでもあります。ただ今は、時代背景もあって強いメーカーが撤退している現状もありますから、勝負の世界としては、今が一番勝ちやすい時かもしれない。全体的なレベルの進歩がなくなる恐れはあるけれど、勝てる可能性は増えたと言えます。」<br />
「勝負の世界だからこそ、妥協はして欲しくないんですよね。どんなスポーツもそうだと思うんですが、どうしても金銭が関わってくる。モータースポーツなんて特にそうです。予算や時間を考えたり、一緒にやっているチームのことを考えると、何を取るか、どこまでやるか、そこのバランスがいつも難しいところなんです。」
</p>

<h3 class="Title09">レースの世界を愛する人を、支え続ける</h3>
<p>
「レーシングカーは決して特別ではないです。普通の車と整備は全く同じで、あとは基本的なことを基本に忠実にやるだけ。他から観ると敷居が高いように思われがちなんですけど、決してそんなことはないんですよ。」<br />
川口さんが独立した立ち上げ期は、一般整備が占めるウェイトは少なかった。今では、一般の方が多くなりつつなる。<br />
「辛いけど辞められない、というのが本音ですね。車の世界も本当に進歩してて、10年前にハイブリッドカーなんて考えられなかった。でも今はそれが現実に走っている世界ですから、自分たちも日進月歩で先に進んでいかないと、ついて行けなくなってしまいますよね。」<br />
昼間は一般車両の整備、夜はレーシングカーの整備。レース日が決まっているため、徹夜ででも仕上げる。<br />
「商売として成り立つのかどうか、というのは微妙なところかも...（笑）。でも基本ベースは、モータースポーツをやっている人を応援したいんですよね。自分がドライバーとして乗っている時も、いろんな人に支えてもらってきたから、その恩返しとしても。」<br />
　レースの世界には、30代以上の人が多いという。若い人は少なめだ。<br />
「自分の求めている世界以上だ...という感覚が尻込みさせてしまうのかもしれませんね。でも例えば、今はお小遣いがなくて出来ないとしても、いつでも始められる、また再開もできるような環境を作っておいてあげたいんです。」<br />
機械のくせに...という形容で、川口さんはエンジンの調整しながら、語ってくれた。
「機械のくせに、たかだか道具のくせに、愛情が入るんですね。お客さんからも学ぶことが多いんだけど、こんな車乗り換えちゃえば...？という車でも、愛着があるから、どんなに古くなっても整備し直して乗ってる方も多いですよね。人間の感情が移ってしまうもの、それが車なんじゃないかな。」
</p>
]]>
        <![CDATA[<div id="KawaguchiBox">
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry09/top-image01.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>川口　法行さん</b>県内モータースポーツ界の先駆者</span><br />
1965年7月、宇都宮市生まれ。2000年に、ターマック・プロを設立。一般整備も行う傍ら、レーシングカーの制作・整備、各種モータースポーツイベントの企画・運営も手がける。
</p>

<div id="KawaguchiProfBox">
<p class="ProfText">
<span>ターマック・プロさんへの連絡はこちらから。</span>
電話：028-600-5701 （（有）ターマック・プロ）
</p>
<div id="KawaguchiProfBoxIn">
<a href="http: tarmacpro.com/" class="ProfLink">http: tarmacpro.com/</a>
<form action="http://www.google.co.jp/search" method="get">
<input type="text" size="20" name="as_q" value="ターマック・プロ">
<input type="submit" name="btnG" value="検索">
Powered by <a href="http://www.google.co.jp/">
Google</a>
</form>
</div>
</div >
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>中三川　恵美</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/04/post-7.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652580</id>

    <published>2010-04-08T01:20:39Z</published>
    <updated>2010-04-14T07:22:16Z</updated>

    <summary> フラワー&amp;バルーンアートとの出逢い。 花が好き。とにかく好き。 夜遅くまで種ま...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/photo01.jpg">
<br />
<br />
<h3 class="Title08">フラワー&バルーンアートとの出逢い。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image01.jpg" style="margin:0 0 5px 10px; float:right;" />
花が好き。とにかく好き。<br />
夜遅くまで種まきに没頭したり、小学校では園芸部長を務めた。<br />
幼い頃から色とりどりの花が織り成す美しさに魅了され、現在は感動を起こすフラワーデザインやバルーンアートを作っている中三川さん。<br />
しかし、自分が将来花の仕事に就くとは思っていなかったそうだ。<br />
「今でこそ多種多様の花の専門学校が存在しますが、当時は世襲の影響が強く、自分の意志で好きなことを仕事にするのはむずかしかったんです。花は大好きだけど、将来花屋になるとはまったく考えられませんでしたよ。」<br />
ある日、友人の結婚式で中三川さんにとっての転機が訪れる。<br />
「装飾のバルーンを見た時、これだ!と確信するような啓示が有ったのです。それは新しいアート分野のひらめき...＜今ある日本の花文化にバルーンを融合させたらどうか＞と思ったのが、今の始まりです。 」<br />
バルーンには、メッセージがプリントされていたり、色々な形、色、テクスチャーが有って、花を贈るシーンにはピッタリ。誕生日、結婚祝、送別会、母の日、開店祝、発表会 etc ... と様々に活用されている。特に、欧米諸国ではお見舞いやお悔やみにまで使われているそうだ。<br />
「私の先生はアメリカ人で、もともと日本の文化にバルーンがあまり取り入れられていませんでしたので、その発想の豊かさに驚かされました。」
</p>

<h3 class="Title08">始まりは「へんな花屋」。</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image02.jpg" style="margin:0 0 5px 10px; float:right;" />
海外では風船はメジャーな文化だが、日本においては近年になってようやく広まってきたばかり。
「お客様がお花を買っていかれるときに「バルーンお付けしますか」と聞いても、みんな「？？？」でした。花を買いに来たのにバルーンだなんて何のことだか分からないし、もちろん不要だと断られ続けました。「バルーン」＝風船ということに馴染みも無かったですし。始まりは「へんな花屋」でしたね（笑）」<br />
フラワー&バルーンアートの存在は、昨今のインターネットの普及にともなって徐々に広まっていった。また、最初は疑問に思われていた「花×風船」も受け入れられるようになり、次第に需要も増えていった。<br />
「ブライダルでかなり変わった装飾とブーケを手がけたんですが、後日それについてお客様が話しているのを偶然耳にしたのです。「すごく感動した、目を引いて素晴らしかった」と喜ばれていて、自分の目指したものは間違っていなかった、と実感することができました。これからも、そんな《人の記憶に残る》商品を作っていきたいと思います。」<br />
フラワー&バルーンアートは、栃木県でもここ1～2年の間にますます活性化してきているようだ。その背景には、中三川さんの努力や苦労があった賜物だろう。
</p>

<h3 class="Title08">広がる、フラワー&バルーンアートの世界。</h3>
<p>
「好きな事を仕事にして、毎日楽しくワクワクできる人って世界中にどの位居るでしょうか？こんなに、オリジナリティあふれ、クリエイティブな仕事をさせていただけて幸せです。」<br />
フラワー&バルーンアートは「個」があらわれるこの世界。<br />
「色々な経験や人との出逢いで、感性がどんどん研ぎ澄まされていきます。だからこそ、バルーンアートには無限の可能性があるんです。」<br />
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image03.jpg" style="margin:0 0 5px 10px; float:right;" />
そう語ってくれる中三川さんは、全国誌でもその名を連ねる実力の持ち主だ。ブライダルシーンや、デパート内での装飾はもちろん、夏に行われる宇都宮市の「みや祭り」でもバルーンによる装飾で反響を呼んだ。<br />
クリエイターとして活躍する一方、講師としても活動を行っている。アート制作のデモンストレートを行ったり毎年行われるセミナーや、バルーンデコレーター達が集うイベント及びコンベンションに積極的に参加している。県外からも注目を集め、日本全国を飛び回っている。
</p>

<div id="NakamigawaList">
<ul>
<li><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image04.jpg" /></li>
<li><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image05.jpg" /></li>
<li><img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image06.jpg" /></li>
</ul>
</div>

<h3 class="Title08">アートが結ぶ「和」</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/image07.jpg" style="margin:0 0 5px 10px; float:right;" />
「フラワー&バルーンアートは、結婚式や誕生日には特に人気。お客様に喜んでいただけることが私の活力になります。まさにこれから拡大していくこの新アートの魅力を、是非もっと多くの方に感じて頂きたいと思います。同じアートを愛する気持ちを共有する人同士では、みんな昔からの仲間であったような感覚を覚えます。だから、初対面でもすぐに友達になれちゃいます。」<br />
フラワーアレンジメントやバルーンアートの面白さを、自身が運営するスクールで幅広い年代の方たち伝えている一方、オラクルカードやパワーストーンといった神秘的な分野にも意欲的だ。「悩みを払って元気になって、花と一緒にホッとなって...いろいろな事がよい方向に行ってほしいですね。」<br />
そう語る中三川さんの笑顔の中に、お客様を想う優しさが伺えた。
</p>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="425" height="344"><param name="movie"
value="http://www.youtube.com/v/DUqY2S0xbVE&hl=ja_JP&fs=1&rel=0"></param><param
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type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always"
allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>
</div>

<div style="margin:0 0 20px 0; text-align:center;">
<object width="425" height="344"><param name="movie"
value="http://www.youtube.com/v/iuaQ3ZKXy0o&hl=ja_JP&fs=1&rel=0"></param><param
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allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>
</div>

<div style="text-align:center;">
<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/z7RMwml30t8&hl=ja_JP&fs=1&rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/z7RMwml30t8&hl=ja_JP&fs=1&rel=0" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>
</div>

<p>
2010.3.15　　　聞き手＝松本恵美子　　文＝大塚恵美<br />
<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry08/top-image02.jpg" style="margin:0 10px 10px 0; float:left;" />
<span><b>中三川　恵美さん</b>栃木を代表する〈花×バルーン〉アーティスト</span><br />
・ アークフローラデザインスクール主宰<br />
・ バルーンブライダルプロデューサー<br />
・ フラワー装飾1級技能士　・ 職業訓練指導員<br />
・ 日本バルーン協会主宰の2000年度コンテスト<br />
　デリバリー部門優勝<br />
・フラワー&バルーンショップ<br />
　アークフローラ／アークフローラモア 経営
</p>

<div class="NakamigawaProfBox01">
当店オンラインショッピングサイトでも、<br />
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生花、アレンジメントフラワー、プリザードフラワー、<br />
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ご注文後にご連絡させて頂きます。<br />
<a href="http://www.arkfrola.com/" taeget="_blank">http://www.arkfrola.com/</a>
</div>

<div class="NakamigawaProfBox02">
<p>
<span>中三川恵美さんへの連絡はこちらから。</span>
電話：028-645-8783 （ark  frola）
</p>
</form>
</div>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>加治　康正</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/2010/03/post-6.html" />
    <id>tag:www.johomarket.com,2010:/machi-tatsu//4.289652364</id>

    <published>2010-03-12T05:30:46Z</published>
    <updated>2010-03-16T01:35:03Z</updated>

    <summary>  小さなメッキ工場からのスタート 宇都宮市内、不動前にある加治金属工業株式会社...</summary>
    <author>
        <name>情報マーケット</name>
        <uri>http://www.johomarket.com/cms/mt-cp.cgi?__mode=view&amp;blog_id=4&amp;id=2</uri>
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/">
        <![CDATA[ <img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry07/photo01.jpg">
<br />
<br />
<h3 class="Title07">小さなメッキ工場からのスタート</h3>
<p>
宇都宮市内、不動前にある加治金属工業株式会社。スタートは電気メッキ専門メーカーとして、1932年より始まった。現社長は3代目にあたる加治康正社長だ。<br />
「元々は小さなメッキ工場からのスタートでしたが、機械精密加工や設計も始め、事業分野を拡大してきました。」<br />
　加治金属工業のスタイルは一貫して、表面処理に関する豊富な技術ノウハウの蓄積だった。その結果、航空・宇宙産業界という特殊分野で頭角を表し、設計から組み立てまでの作業工程を、全て独自に行えるスタイルを確立した。<br />
「自社内でこの工程を全てまかなえる企業は、世界でも少ないんです。これが加治金属の一番の強みと言えるでしょう。5つの工程をそれぞれに、管理しながら外注に出さなければいけないものが、一つの工程として同一線上で出来てしまう。それゆえ、コスト削減、納期短縮も可能となり、世界で通用するレベルにまで成長することができました。」
</p>

<h3 class="Title07">初めてのクライアント、防衛省</h3>
<p>
<img src="http://www.johomarket.com/machi-tatsu/image/entry07/image01.jpg" style="margin:0 0 10px 10px; float:right;" />
元々は文系出身。大学では経済を専攻していた。<br />
「会社を継ぐように、と言われていたわけではなかったですが、漠然といつかは継ぐのか...とは思っていました。ただ、元々が文系だったんで、いざ継ぐとなると工業系の話に付いていくこと自体が大変でした。寝ずの勉強でやっと追いついていました。」<br />
人付き合いが得意、という持ち前の才能を生かして始めたのが、営業職。<br />
「若いし怖い物知らずだったから、初めて頂いた初受注が、防衛省との仕事だったんです。コネもないのに単身で乗り込んでいって。いきなり来た若造に、仕方ないから教えてやらなきゃ...という感じで、当時の担当の方には本当にお世話になって、部下の方を紹介して頂き、たくさんのノウハウも教えて頂きました。。『なんか放っておけない』と形容されることも多くて、若い頃は特に、色んな方に教えていただいたことが多かったと思いますね。」<br />
　社長の後ろにくっついてパーティーに参加して、「靴が汚れている」と注意を受けたこともあった。<br />
「大成するためには、靴を粗末にしてはいけないと、ある経営者の方から教えられました。それ以来、靴は毎日自分で磨く習慣にしています。」
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<h3 class="Title07">目配り、気配りを忘れない先代の教え</h3>
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「先代の社長は、とにかくせっかちでした。スピードや実行力は、並外れたものがあったと思います。影響を受けたところですか？...そうですね、幼い頃から、比較的道徳的な教育を受けてきたかもしれません。時間や挨拶に関しては厳しかったです。自由奔放に育てられはしましたが、会社に入ってからは、常に前を走る先代の背中を追いかけながら、学ぶ部分が多かったですね。」
　誰と話をしても好感を持たれるような好人物に、というのが一つの教えであったと、加治社長は語る。<br />
「見てないようで、その観察眼は鋭かったです。常に周りの状況を察知しているんですね。会合なんかでもぽつんと座っている人がいたら、『お前行って挨拶してこい』と指示を出す。気配りを忘れない人でした。」<br />
<br />
「会社経営においては、基本的には人に任せて成長を促す、ということがベースでした。その頃の先代の経営スタイルよりは、今の方がかなり細かい管理が必要になってきたとは思います。会社経営も、時代に合わせた経営が必要ですね。先代の頃よりはISOの取得や、とにかくクライアントのニーズが細分化されるようになりましたね。」
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<h3 class="Title07">情熱に素直になれ、それが一番の特権</h3>
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加治金属工業では人材教育において、space activityという名の行動指針を基準値としている。それらを社員一人一人にカード形式で渡し、その基本方針にのっとった教育を実践する。<br />
<br />
「spaceの頭文字を取って、speed(スピード）、passion（情熱）、activity（活発的）、chance（機会）、effort（努力）を基準とした教育を行っています。自ら動いて、自ら考える人物。そうでないと仕事も向上しないし、成長もないですよね。」<br />
<br />
「加治金属はどちらかというと、やりたいことがやれる会社だと思います。だから若い世代にはとにかく、情熱を持って欲しいですよね、それが一番の特権だから。草食系じゃ駄目ですよ（笑）。一生懸命が恥ずかしいというような気風が未だにあるのかもしれないけど、真剣に取り組めば成功しても失敗しても、必ず自分の糧になる。くじけない気持ちを持って、果敢に挑戦して欲しいですね。」
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<h3 class="Title07">最先端産業に携われる、地元の環境づくりへ</h3>
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趣味は海外への旅行や、国内<br />での神社仏閣巡りという加治社長。宗教に関連することや、仏像などへの憧憬も深い。
「以前、高野山を訪れた時に、そこの偉い僧侶が私をご覧になって『光吸普照（こうきゅうふしょう）』という言葉を下さったんです。お前にはこの言葉だろう、と。」<br />
自ら光りを吸収する、そしてそれを血肉として、今度は周囲を照らす光りとなれという教えだそうだ。<br />
「常にアクティブに動いているのが好き、まだまだやりたいことはたくさんあります。私がこの会社や、社員や、地域社会に何が残せるのか、人生のテーマとして、これからも追い求めていきたいですね。」<br />
<br />
加治金属工業は現在、「とちぎ航空宇宙産業振興協議会」の幹事会社に選出され、期待されている。地元栃木を航空宇宙産業の集積地として、収益が上がるようなパイプ作りを担うことが目的の一つだ。
「最先端産業である航空宇宙産業の仕事は、何も都内の一部で行われているわけではない。地元・栃木でも、身近に世界の最先端技術に触れることだって可能なんだということを、特に若い世代には感じてもらって、夢を持って仕事に取り組んでもらいたいです。」
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加治　康正さん<br />
2010.3.8　　　聞き手＝松本芳宣　　文＝松島佐和子<br />
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        <![CDATA[<p>
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<span><b>加治康正さん</b>栃木と宇宙を繋ぐパイオニア</span><br />
1965年5月31日生まれ。<br />
慶應義塾大学入学後、カリフォルニア州立大学に編入卒業。<br />
その後、加治金属工業（株）に入社。
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<p class="KajiTitle01">加治金属工業（株）への連絡はこちらから。</p>
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電話：028-636-7011
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