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畳文化、今むかし。

元々、『へり』のある畳というのは、江戸期なんかには特権階級のみに許されたものだったんです。今、私たちが一般的に目にしている『へり』のある畳は、位の高い人の家でしかお目にかかれないものだったんですね。あとは、へりの色によっても階級の違いがあったりして、畳にもそんな歴史があるんですよ。」
宇都宮市平出にある、加藤畳店は、創業88年という、畳店の老舗。3代目の加藤さんは、家業の畳店を守り続けて14年目となる。
「へりのある畳に段々飽きが来て、またインテリアの趣向も和風だけじゃなく色んなバリエーションが増えて、へり無し畳の需要はここ最近、高まってきてるんですよ。」
へりの無い畳は、紙で作っているという。丈夫なのが特徴で、特に人気なのが、市松模様の状態に色の変化を付けていくタイプ。
「最近は、インテリアも洋風が主流になってきましたが、それでも部屋の一角には和風テイストの空間が残っていたりして...そんな和室に合う畳として人気が高いんですよ。
現代風の流れを残すためには、少しずつ工夫していかないと、なかなか若い人達には受け入れてもらえない。『畳離れ』対策の一つと言えます。」
市松模様に組み上がった畳部屋のサンプル写真をいくつか拝見した。
斬新でモダン。これなら30代〜40代にも受けがいいのも頷ける。
「時々ね、畳って並べていくだけでしょ?、というような言われ方をするけれど、どんな家もちょっとした歪みがあるし、誤差がある。だから、一つとして同じ家は無いんです。その中で、畳屋の仕事というのは、規格ものと思われがちですがそうではないんです。千差万別の家屋に、畳を隙間無く、それこそ一枚一枚違う長さの畳を加工しつつ、きっちりと埋めていく...それが腕の見せ所なんですよ。」

畳業に求められる、緻密な作業。

元々は脱サラして始めた家業。先代の父親が現役でやっていた頃は、正にバブルの絶頂期だった。数え切れないほどの日本企業が海外進出を果たすような好景気の中、地道に畳業に専念する父親の姿を見て、家業もいいなと思えたそうだ。
「先代の祖父も、うちの父親も根っからの職人ですから、遊びに連れて行ってもらった記憶などはありませんね。26歳の頃に私もこの道に入りましたが、やはり身内だから求めることが厳しいし、毎日試行錯誤、ケンカばかりです(笑)。現代の畳の多くは機械作業なんですが、親父たちの代は手作業が当たり前。父の寸法の取り方、手直しの仕方などをよく研究して、何度も繰り返し練習しました。言葉では全く教えてもらえなかったですね、見て覚えるのが当たり前でしたから。」
畳職人の仕事には、想像を超えた緻密さが求められる。家造りにおいてちょっとした誤差が出た時、例えば大工なら、現場で少し柱を切るなどし、その場で調整することも可能だが、畳屋ではそれが不可能となる。
「6畳間は必ずどこかに歪みがありますからね。長年済んでれば当然だし、新築物件といっても曲がりが必ずある。畳1枚、同じように見えて実は全て寸法が違うんですよ。」
緩いと隙間が出る。かといって、大きくても入らない。畳の配置においては、どちらも決して許される状況ではない。必要な寸法をその都度調整していく地道な作業。縮める作業も例えば1.5mmの場合なら、3枚重なる場合は0.5mmずつ緩める...など緻密さを極める。もちろん取り扱う材質によっても違いが出てくる。
「特に人気のへり無し畳なんかは、紙製なんで、い草の畳とも違うんですよね。実際、誰もが作れるものではないんです。余分のあそびを見つつ、生地の厚みによっても調整します。正直、長年の勘でやってるとしか、言いようがないこともありますね。」

畳業を取り巻く、厳しい現状。

畳職人において、最高レベルの資格とされるのが「一級畳製作技能士」だ。
「ただし、取る人はすごく少ないんです(笑)。2年に1度行われる試験なんですけど、決まって真夏の暑い時期に行われる、過酷な試験なんですよ(笑)。まっさらな床面に対しての一畳間に全て手作りで畳を作っていくんですけど、暑さに耐えながらの作業です。正直現在、一級を取得している職人はほとんどいないんじゃないでしょうか...。特に若い世代の人はいないですね。それと中間の30〜40代もいないんですよね。」
畳業界は、縮小の一途をたどっている。住宅事情においても、和室の部屋というのはたいてい一室のみ。畳需要の絶対数自体が激減した。
「実際、家業をやっていても継がない、継がせないという状況にまでなっていますね。今後の需要が見込めないから継がせない、という考え方です。悲しいことに、後継者を作らないような流れになってきています。元々家業からこの世界に入るのが当たり前の業界ですからね、新しく始める、飛び込んで修行するというパターンはまずないんですよね。」
そんな現状を流れるままにしていては、益々衰退の一途をたどると、加藤さんが編み出したのが前述した「へり無し畳」と、それを市松模様に組み上げるスタイルだ。その他、畳で作った雑貨やインテリア小物も新しく生み出した。加工も楕円になっていたり大変珍しいもので、素人目にどのように処理加工されているのか、思わず手にとって眺めてしまう。贈り物として喜ばれる場合も多いそうだ。

日本古来の、畳文化を守ると言うこと。

現在、いわゆる畳製品の8割は中国からの輸入物が主流だという。安価で大量に入ってくる中国産の畳。しかし、国産の畳にはそれにはない、品質の良さ、薫りがある。加藤畳店で取り扱っているのも、国産の熊本畳が中心だ。 「30〜40代のターゲットをいかに取り込むか...元々職人として、伝統の技を守り抜くことも大事なんですが、斬新なスタイルにも時には挑戦しなくてはならないんだと思うんです。窮地に立たされた現状に甘んじてるのではなくて、今、ここでしか出来ないオンリーワンの商品を生むことも不可能ではないと思うんですよ。」 中国産ではなく、国内産にこだわり続けるということ。価格は高くなっても、良い技術と良い商品は掛け替えのないものであり、そこには揺るぎない自信がある。 「新築に合わせてピッタリと畳を入れて行くのも、職人の技の見せ所だし、リフォームの場合もそうです。元々日本人の生活に密着したものですからね、あって当たり前だったものが無くなってきているのはある意味悲しいことです。尚且つ、大量生産で来ている中国で畳を使用しているかというと、そうじゃないんですよ。畳文化は日本だけのものですから、どうしても守って行きたいんですよね。」

生涯勉強。伝統の技を守り、プロの技で勝負。

畳には、地方によっても若干の大きさの差があるという。例えば関東では「関東間(かんとうま)」といって、2尺9寸が規定サイズだが、関西では「関西間(かんさいま)」といい、サイズは3尺一寸五分とのことだ。 「現場で調整することは出来ないけれど、正直、家の歪みや曲がりがなければ、全て規格ものになってしまい、職人の存在の必要すらなくなってしまう。規格がないからこその畳屋の仕事と言えるんですよね。プロの技がそこで生きるというか...。」 『一生勉強』と加藤さんは語る。 「探求心は一生の宝物ですね。続々と新しい材料や道具が入ってくるんで、ベストな方法を探していくことも楽しいです。親父達の世代は、全て熟練の技と、培われた勘で仕事をしていましたが、今は例えば、はさみや、カッターやアイロンなどを駆使することだってあります。昔じゃ考えられない、邪道だと言われるかもしれないけど、それも時代の流れなのかな...。そんな柔軟な発想から生まれた商品がうちにはたくさんありますからね、時の流れに沿って、柔軟に変えて、カスタマイズしていくことも必要なんです。 うちでは特に、既製品にはない技術も売りの一つです。中には、端の処理を両面テープなんかで織り込んでごまかしちゃう場合もありますが、私は、出来るだけ手製でも最高級の品質にこだわりたい、と思っています。テープを使って処理しちゃえば楽だし、外見には分からないけれど、結果的に裏面は使えなくなりますから。どんなに手間暇かけても、手製で処理できる部分はきちんと仕上げて、職人にしか出来ない技自体も守って、勝負出来ればと思っています。」

2011.10.28  聞き手=松本芳宣 ・ 文=松島佐和子

Profile

加藤 正幸さん
畳を現代風にカスタマイズする、畳職人


栃木県宇都宮市生まれ。
創業88年の老舗「加藤畳店」3代目。
脱サラ後、家業を継ぎ、現在14年目。
一級畳製作技能士、職業訓練指導員、畳ドクター

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