宇都宮市の錦に、そのガレージはある。FKD宇都宮店の近郊、閑静な住宅街の中にある、本格カーショップ、ターマック・プロ。一般車両整備はもちろん、特筆すべきはレーシングカーの制作・整備、および各種モータースポーツイベントの企画・運営を行っている点だ。
「年間を通して、大小様々なレースに参戦します。全国飛び回りますね。お客様から要望があってサポートするレースも含めると、1年で15レースに及ぶと思います。」
ターマック・プロ代表取締役の川口社長。2000年の冬に会社を立ち上げ、今年で10年目。幼い頃から、車の仕事がしたいとずっと思っていた。
「小学生の頃、『サーキットの狼』が丁度大ブームで、僕もレーサーには憧れました。パイロットにもなりたかったんだけどね。とにかく、メカニック関係の仕事に就くのが夢でした。」
高校を卒業して、大手車メーカーのディーラーに就職。給与も安く、休みも少ない勤務だった。
「有給自体も取りづらい体質がディーラーにはずっとあって、本業をしながらとてもじゃないけど、趣味のレースなんかに打ち込める時間がなかった。レースがやりたかったから、ディーラーは辞めて、レースに打ち込める環境を作りました。出来れば本格的にやりたい、商売をやりながら...というのが理想で、当時からしてみれば夢のような話でした。」
「当時、栃木でレースをやっている人間はほとんどいなくて、正に先駆け的な存在でした。今でこそツインリンク茂木なんかがありますけどね。何とか、レースのクラブを見つけて入ったんです。そこで出会った色んな人にも教えてもらいながら、半分は自己流でね。」
川口さんがレーサーとして実際に車に乗っていたのは、会社を立ち上げるまで。2000年の設立以来、商売を始めるきっかけで車からは降りた。35歳まで趣味でレースドライバーを続け、今では趣味を超え、レースが仕事になっている。
「若い頃はね、峠を走っている時なんかは自分が一番上手い、と思っているわけです。もちろん上には上がいて、最初は自分より早い選手がいると悔しい。でも少しずつ自分のレベルも上がってくると、実力が分かってくるんです。自分がなぜ追いつけないのか、何が劣っているのかが冷静に分析できるようになるんですね。自分が下手なのをなかなか認められなかったけど、レベルが上がるほどに、欠点が認められるようになりました。」
「レースが仕事になると、実際辛いんですよね(笑)。結果が悪ければ、駄目。答えが出るのはゴールしてから。命も預かるわけだし、負けるわけにはいかないし、毎回ヒヤヒヤものですよ(笑)。」
実際に何度も辞めようと思ったことがある。プレッシャーに苛まれながら、それでも辞めるわけにはいかない。
「モータースポーツ自体、メディアによってかなり脚光を浴びて、その分メジャーな立場にもさせてもらったけど、今は特に世の中が不景気だから、スポンサーも付かなくてかなり厳しい状況です。燃料の値段も高騰したり、先行き明るいとは言えません。」
昨今においては、エコブームも追い打ちをかけて、非難されつつある実情もある。
「分かる人にしか分からない文化でもあるんです。確かに、ガソリンをばらまいてうるさいかもしれない。でも、栃木には茂木にサーキットも出来ているにもかかわらず、中途半端になっちゃってるところがもったいないですよね。施設はあれだけ立派なのに、身近じゃない。鈴鹿なんか行くと、普通にお年寄りの世代なんかもけっこう観に来て居るんですよ。そこは全然違うなあという感じです。あとは観戦の値段も高すぎるっていうのもあるかもしれないですね。本当は、映画1本観に行くくらいの設定にするのが理想なんですが...もっと地元の人にも観に来てもらいたいですよね。」

2010.4.4 ツインリンク茂木で行われた「スーパー耐久」で堂々2位に入賞
毎レース、毎レース、いい結果も悪い結果もある。全てが同じではない。正直、プロの上手いドライバーを雇えば勝てるはずだ、と川口さんは語る。それだけ、車のメンテナンスにおいては絶対的な自信がある。
「元々、カーレースって貴族とか、お金持ちのスポーツだったんですよね。だから実際、お金の力がものをいうところが辛いところでもあります。ただ今は、時代背景もあって強いメーカーが撤退している現状もありますから、勝負の世界としては、今が一番勝ちやすい時かもしれない。全体的なレベルの進歩がなくなる恐れはあるけれど、勝てる可能性は増えたと言えます。」
「勝負の世界だからこそ、妥協はして欲しくないんですよね。どんなスポーツもそうだと思うんですが、どうしても金銭が関わってくる。モータースポーツなんて特にそうです。予算や時間を考えたり、一緒にやっているチームのことを考えると、何を取るか、どこまでやるか、そこのバランスがいつも難しいところなんです。」
「レーシングカーは決して特別ではないです。普通の車と整備は全く同じで、あとは基本的なことを基本に忠実にやるだけ。他から観ると敷居が高いように思われがちなんですけど、決してそんなことはないんですよ。」
川口さんが独立した立ち上げ期は、一般整備が占めるウェイトは少なかった。今では、一般の方が多くなりつつなる。
「辛いけど辞められない、というのが本音ですね。車の世界も本当に進歩してて、10年前にハイブリッドカーなんて考えられなかった。でも今はそれが現実に走っている世界ですから、自分たちも日進月歩で先に進んでいかないと、ついて行けなくなってしまいますよね。」
昼間は一般車両の整備、夜はレーシングカーの整備。レース日が決まっているため、徹夜ででも仕上げる。
「商売として成り立つのかどうか、というのは微妙なところかも...(笑)。でも基本ベースは、モータースポーツをやっている人を応援したいんですよね。自分がドライバーとして乗っている時も、いろんな人に支えてもらってきたから、その恩返しとしても。」
レースの世界には、30代以上の人が多いという。若い人は少なめだ。
「自分の求めている世界以上だ...という感覚が尻込みさせてしまうのかもしれませんね。でも例えば、今はお小遣いがなくて出来ないとしても、いつでも始められる、また再開もできるような環境を作っておいてあげたいんです。」
機械のくせに...という形容で、川口さんはエンジンの調整しながら、語ってくれた。
「機械のくせに、たかだか道具のくせに、愛情が入るんですね。お客さんからも学ぶことが多いんだけど、こんな車乗り換えちゃえば...?という車でも、愛着があるから、どんなに古くなっても整備し直して乗ってる方も多いですよね。人間の感情が移ってしまうもの、それが車なんじゃないかな。」
川口 法行さん県内モータースポーツ界の先駆者
1965年7月、宇都宮市生まれ。2000年に、ターマック・プロを設立。一般整備も行う傍ら、レーシングカーの制作・整備、各種モータースポーツイベントの企画・運営も手がける。
ターマック・プロさんへの連絡はこちらから。 電話:028-600-5701 ((有)ターマック・プロ)