宇都宮市内、不動前にある加治金属工業株式会社。スタートは電気メッキ専門メーカーとして、1932年より始まった。現社長は3代目にあたる加治康正社長だ。
「元々は小さなメッキ工場からのスタートでしたが、機械精密加工や設計も始め、事業分野を拡大してきました。」
加治金属工業のスタイルは一貫して、表面処理に関する豊富な技術ノウハウの蓄積だった。その結果、航空・宇宙産業界という特殊分野で頭角を表し、設計から組み立てまでの作業工程を、全て独自に行えるスタイルを確立した。
「自社内でこの工程を全てまかなえる企業は、世界でも少ないんです。これが加治金属の一番の強みと言えるでしょう。5つの工程をそれぞれに、管理しながら外注に出さなければいけないものが、一つの工程として同一線上で出来てしまう。それゆえ、コスト削減、納期短縮も可能となり、世界で通用するレベルにまで成長することができました。」
元々は文系出身。大学では経済を専攻していた。
「会社を継ぐように、と言われていたわけではなかったですが、漠然といつかは継ぐのか...とは思っていました。ただ、元々が文系だったんで、いざ継ぐとなると工業系の話に付いていくこと自体が大変でした。寝ずの勉強でやっと追いついていました。」
人付き合いが得意、という持ち前の才能を生かして始めたのが、営業職。
「若いし怖い物知らずだったから、初めて頂いた初受注が、防衛省との仕事だったんです。コネもないのに単身で乗り込んでいって。いきなり来た若造に、仕方ないから教えてやらなきゃ...という感じで、当時の担当の方には本当にお世話になって、部下の方を紹介して頂き、たくさんのノウハウも教えて頂きました。。『なんか放っておけない』と形容されることも多くて、若い頃は特に、色んな方に教えていただいたことが多かったと思いますね。」
社長の後ろにくっついてパーティーに参加して、「靴が汚れている」と注意を受けたこともあった。
「大成するためには、靴を粗末にしてはいけないと、ある経営者の方から教えられました。それ以来、靴は毎日自分で磨く習慣にしています。」
「先代の社長は、とにかくせっかちでした。スピードや実行力は、並外れたものがあったと思います。影響を受けたところですか?...そうですね、幼い頃から、比較的道徳的な教育を受けてきたかもしれません。時間や挨拶に関しては厳しかったです。自由奔放に育てられはしましたが、会社に入ってからは、常に前を走る先代の背中を追いかけながら、学ぶ部分が多かったですね。」
誰と話をしても好感を持たれるような好人物に、というのが一つの教えであったと、加治社長は語る。
「見てないようで、その観察眼は鋭かったです。常に周りの状況を察知しているんですね。会合なんかでもぽつんと座っている人がいたら、『お前行って挨拶してこい』と指示を出す。気配りを忘れない人でした。」
「会社経営においては、基本的には人に任せて成長を促す、ということがベースでした。その頃の先代の経営スタイルよりは、今の方がかなり細かい管理が必要になってきたとは思います。会社経営も、時代に合わせた経営が必要ですね。先代の頃よりはISOの取得や、とにかくクライアントのニーズが細分化されるようになりましたね。」
加治金属工業では人材教育において、space activityという名の行動指針を基準値としている。それらを社員一人一人にカード形式で渡し、その基本方針にのっとった教育を実践する。
「spaceの頭文字を取って、speed(スピード)、passion(情熱)、activity(活発的)、chance(機会)、effort(努力)を基準とした教育を行っています。自ら動いて、自ら考える人物。そうでないと仕事も向上しないし、成長もないですよね。」
「加治金属はどちらかというと、やりたいことがやれる会社だと思います。だから若い世代にはとにかく、情熱を持って欲しいですよね、それが一番の特権だから。草食系じゃ駄目ですよ(笑)。一生懸命が恥ずかしいというような気風が未だにあるのかもしれないけど、真剣に取り組めば成功しても失敗しても、必ず自分の糧になる。くじけない気持ちを持って、果敢に挑戦して欲しいですね。」
趣味は海外への旅行や、国内
での神社仏閣巡りという加治社長。宗教に関連することや、仏像などへの憧憬も深い。
「以前、高野山を訪れた時に、そこの偉い僧侶が私をご覧になって『光吸普照(こうきゅうふしょう)』という言葉を下さったんです。お前にはこの言葉だろう、と。」
自ら光りを吸収する、そしてそれを血肉として、今度は周囲を照らす光りとなれという教えだそうだ。
「常にアクティブに動いているのが好き、まだまだやりたいことはたくさんあります。私がこの会社や、社員や、地域社会に何が残せるのか、人生のテーマとして、これからも追い求めていきたいですね。」
加治金属工業は現在、「とちぎ航空宇宙産業振興協議会」の幹事会社に選出され、期待されている。地元栃木を航空宇宙産業の集積地として、収益が上がるようなパイプ作りを担うことが目的の一つだ。
「最先端産業である航空宇宙産業の仕事は、何も都内の一部で行われているわけではない。地元・栃木でも、身近に世界の最先端技術に触れることだって可能なんだということを、特に若い世代には感じてもらって、夢を持って仕事に取り組んでもらいたいです。」
加治 康正さん
2010.3.8 聞き手=松本芳宣 文=松島佐和子
加治康正さん栃木と宇宙を繋ぐパイオニア
1965年5月31日生まれ。
慶應義塾大学入学後、カリフォルニア州立大学に編入卒業。
その後、加治金属工業(株)に入社。
加治金属工業(株)への連絡はこちらから。
電話:028-636-7011