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アナログ印刷、最後の世代

「Macに出会ったのが、ちょうど24歳くらいの頃でした。」
まず職場に、2台のマッキントッシュが導入された。それまでの印刷は、アナログで手作業の行程を踏んでいた。一文字一文字を切り貼りし、色指定に関してもすべて細かく色鉛筆で書き加える。
カラーの印刷物を仕上げるにも、最低2週間を必要とした。

それはまさに、アナログ印刷の時代が激変する瞬間だった。
「一日中マックに向かって、当時はゲームで遊んでるように見えたでしょうね。今から思えばまさに自分が、アナログを経験した最後の世代でした。」とは2代目の宮本社長。
2003年に、有限会社宮本写植製版所から、「株式会社みやもと」へ社名を変更。
売り上げの8割は、県内を中心としたチラシ印刷の注文が多く、"ちび輪"と呼ばれるB3のオフ輪を4台そろえ、小ロット印刷を中心に対応してきた。
「時代がデジタルへと移行する中で、自分たちの立ち位置を見定める必要があったと思うんです。うちは先代からずっと、背伸びしすぎない経営を心がけているつもりです。
地元企業様からのチラシ印刷の注文で支えられてきました。」
高品質かつ短納期で納品されるスタイルは高い評価を得て、県内の印刷会社の中でも急成長を遂げた。"世界最速"を掲げ、可能な限りのサービスで応え、まさに発注元のクライアントと伴走する。技術もスピードも、高いレベルが要求されるが、印刷屋のプロとして、そこは一切妥協しない。顧客満足を高めようと力を注いでいくうちに、現在の「みやもと」スタイルが確立されてきた。

会社を作ること = グランドデザイン

「先代からは、非常に良い環境を残してもらいました。それをどう自分で作っていくか、総合的にデザインしていくかが、自分に課せられた役割だったと思います。」
モノクロがほとんどだった印刷が、時代と共にフルカラーへ。
印刷業界に関しても、「3K」の代表的業種というイメージが強かったが、デジタル化の波が押し寄せる中で、世代交代も行われていった。
しかし時に、ボタン一つで処理が進んでしまうことが、大きな失敗につながることもあった。
「昔からのアナログ世代なら、トラブルがあっても機械の故障箇所に簡単に気付けるんです。
でも、デジタルの時代に育った印刷オペレーターは仕組みが分からない。デジタル世代の弱いところはそこです。そういった点から言えば、会社をここまで、デジタル化してしまったことへの功罪ともいうべき責任を感じることもあります。だからこそ、自分がやらなければならない任務は、アナログ世代とデジタル世代をつなぐ、潤滑油のような存在となることですね。
その両方を経験しているから、メリットもデメリットも身に染みているんです。」

景気が好調な時は仕事はフル回転で入り、機械もフル回転で回り、振り返る暇もなかった。先代の社長から引き継いだ時も、とにかくがむしゃらで、訳が分からない状態で突っ走ってきた。
「ものが売れる時代の時は、利益を出す事が明確な価値基準としてあって、数字は良くなってきたけれど、デジタルに頼りすぎた感は否めませんでした。ボタンを押せばワンタッチという設備が増えたため、印刷ノウハウはおろそかになって行きましたね。」
それでも次から次へと機械は回る、本質は少しずつ見えにくくなっていった。売上げも最高潮まで来たが、どこかヒヤヒヤしていたという。少しずつ弊害も出始め、綱渡りの状態でミスが連発。技術不足・知識不足を痛感したという。

本質を貫き、個性を磨く、人づくり


「例えば100人の人を集めようとした時に、1本の大きな旗をふって100人集まってくれる時代じゃないですよね。小さくても個性的な旗を100本立てて1本に1人の人が振り向いてもらえるか、どうか。商品も社員も、個性を発揮できるように成長しなきゃいけないと思うんです。」
自分できちんと行動できる、自分で的確に表現できる、そんな社員に育ってほしいと願う。
「みんないい才能を持っているけど、引き出しの開け方が分からない場合が少なくない。自分も40代に突入してきたから、少しでも引き出しが開けやすくなるように、クレ556のような(笑)?そういう存在で在りたいですね。」
近年、株式会社みやもとは新しい試みとして、県内でもいち早くUV印刷機を導入した。
「キラキラ印刷」を始めた結果、各方面からも取材依頼が舞い込み、予想以上の反響があった。
社員の知識や技術向上もさることながら、新たな印刷物にチャレンジしようとする、モチベーションも共に上がってきたという。

原点回帰。 思い出すのは、その背中

今、宮本社長は会社全体を上げて、まず「学ぶ」ことに注力している。関連企業や取引業者を招いての各種印刷セミナーを主催。キラキラ印刷の昆虫を紙で折って作るブースを設けるなどし、県内のイベントにも積極的に参加している。
「売れない時代に同じようになって萎縮するのではなく、まず足元を見ようと思うんです。もちろん反省も込めて、自分たちに今必要なこと、まず印刷屋のプロとして勉強することなんじゃないかな、と。それから社内だけじゃなくて、取引先のお客様や、関連業者さん、一般の方も含めて、印刷のことを一緒に勉強していきませんか?とお誘いしているんです。」
利益追求型だった時代から一歩抜けて、今は内部の質を見つめ直す時間が出来た。
「ものが売れなくて厳しいけれど、仕事は今が一番楽しい。誤解を招くかもしれませんが、皮肉にも自分が一番やりたかったことが出来ている感じがします。」

思い出すのは、先代の姿。いつも誰よりも早く会社に来て、一番最後に鍵を閉めていた。
3連休の2日目には会社に出勤し、「3日も休んでいたら、身体がなまってくるからな。」と笑って作業をしていた。
「声を荒げて怒るようなタイプの人ではなかったです。怒りだす直前には、鼻がピクピクするから分かるんですけど(笑)。普段は寡黙で、黙々と仕事をするタイプ。でもここぞの時には、すごく大胆に舵を取ることもあった。一番影響を受けたのは言葉とかじゃないんですよ、その背中です。こつこつ地道に、作業に没頭している。まさに背中で語り、教えてくれたその姿。それが基本だな、と思うんです。」
現在、宮本社長ら、県内の印刷業者が賛同して、印刷をテーマに新たなプロジェクトが始まっている。その名は「グリーンプレス」。別名、宇都宮活版印刷研究所。昔ながらの活版印刷を一般の人に体感してもらおうという試みだ。 「僕は印刷物が子供の頃から大好きなんですね。ザラザラだったりツヤツヤだったり、そんな紙の質感を手で触って確かめてほしい、紙やインクって臭いもあるから鼻で感じることもできる。手で取って見て感じる情報って、やっぱり印刷物しかないと思うんです。ネットにはない、失われない魅力ってずっとあると思うし、人の手から手へ、守り抜きたいなと思うんですよね。」

宮本 誠さん
2010.2.13  取材・文=松島佐和子

Profile

宮本 誠さん地元印刷業界の革命児
1968年12月12日、日光市生まれ。栃木県日光高校卒業後、東京日研学院にてデザイン、文字組版、等の印刷基礎知識を学ぶ。
卒業後、デザイン制作会社に就職するが2年後に表現力を養うために武蔵野美術学園にて油絵を学ぶ。
卒業後、栃木に戻り株式会社みやもとに入社。
31歳より現職。

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miyamoto

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