高糖度でおいしさが凝縮されたフルーツトマト「ミストマト」の栽培に取り組んでいる野沢さん。
専門的な表現をすれば、「糖度9度以上」のトマト。
ごく一般的に手に入る普通の普通の大玉トマトの糖度が4〜6度であることからも、
野沢さんのトマトのすごさが伺えます。
24歳で300坪のハウスを構え、31歳で本格的なフルーツトマト作り始めた。
以来10年以上、おいしさにこだわった究極のトマトを作り続けています。
ご自身がフルーツトマトの生産を始めるきっかけとなったのはあるトマトとの出会いから。
「そのトマトの味がずっと口に残っているんです。甘くて、弾力があって..
.初めて食べたその味が忘れられない、すごく印象的なものでした。」
自分でこの忘れらない幻のトマトを作りたい。
野沢さんはいつしかそう考えはじめ、現在に至るまで試行錯誤を繰り返しました。
「もっと甘かった、もっと味が濃かった」
強烈にすり込まれた衝撃と追求心が日々野沢さんを駆り立てています。
最近ではデザイナーに発注して「ミストマト」のロゴを作り、商標を登録。
この業界、特に栃木県内では珍しいトマトのブランド化に成功しました。
これまでは主に東京の市場へ出荷していましたが、これからはウェブ上でも
「野沢ファームのミストマト」として広く皆さんに手にしていただけるようになりました。
ミストマトの特徴として、かじった時の肉厚でしっかりした歯ごたえがまずあげられます。手に持つとずっしりと重く、正に中身が凝縮されたような印象のトマト。ナイフを入れた時の感触も「サクッ」という感触です。
育成段階で出来るだけ水分量を抑え、糖度をあげているので、「甘くて濃い」トマトになるのです。
水分や養分を吸収する根っこの周りにだけ必要な量の水が行き届くように水を撒くチューブにも独自の工夫が施してありますが、これも試行錯誤の結果行きついた、野沢さん独自のやり方。
「教えて欲しいと訪ねてくる人も以前はたくさんいましたが、そう簡単に教えられるものじゃないでしょ。(笑)」
天気によって水をあげる回数を減らしたり、気温の状況によってハウス内の温度を細かく調整するなどは、決して人に任せられるものではなく、野沢さんご自身が今でも行っているとのこと。長年トマトを愛し、培われたキャリアとノウハウのなせる技なのです。
食べることに困ることはなくなった現代において、「本当においしいくて安全なものを食べてほしい」という願いを込めて作られたこのトマトは、生産性や収益性という点から考えると、まったくその逆をいっている。
「化学農薬を使わないため、栽培には人並みならぬ労力と神経を使っています。」
「見た目がよくとも、味に納得できないものは決して出荷しない。」
目の前の利益だけを追わず、品質にも妥協は許さない。話の随所に生産者としてのこだわりや責任感が伺えます。
▲野沢さんに美味しいトマトの見分け方を教えて頂きました。
野沢さんは目下、ミストマト以外の野菜や農産物の生産にも想いをめぐらせています。
「キノコ栽培もいいかなと思って色々試しています。キノコは病気にも効果があって栄養もたっぷり。食べて元気になるよう、いづれ出荷するとしたら名前は「元気ダケ」がいいね。(笑)」
おいしく薫り高い原木からのキノコ栽培。これまた手間がかかりますが、やはり「味は全然違いますよ」と。
ハウスには、来年の収穫を待つ、しいたけ・なめこ・ひらたけ等が並んでいます。
「キノコが出てくると、なんだか可愛いんですよね。」
と愛情たっぷりに野沢さんは笑います。
栽培に要する期間が長いため、生産性や効率を求めることは難しい。それでも、安全でおいしいものを提供していきたいと語る、自然派栽培人・野沢さんの夢はこれからも続いていきます。
野沢周司さん
2010.02.01 聞き手=深澤明子 文=大塚恵美
野沢周司さん幻のトマト「ミストマト」を作る男
1969年生まれ。22歳で実家の家業であるトマト栽培を始め、2年後に独立。31歳の時に、フルーツトマトの栽培に取り組み、現在は糖度9度以上を誇る「ミストマト」を栽培。(商標登録済)。高校生時代は、乗馬の「少年障害飛越」という競技で国体優勝の実績という一面も。
生産で大変お忙しい野沢さん。お問い合わせは「情報マーケット編集部」まで。
トマトを購入したいという方も、代わりに編集部で受付させていただきます。