宇都宮市内中心部でとりわけ目立つ店舗群。 若者達が集うエリアに何店舗も店を構える、(株)バックシャンプロジェクトの代表取締役社長 鳥井政廣さんがオシャレに目覚めたのは中学時代。
「若い頃って、ファッションが自己主張の一部だからね。当時はトラッド系か、ヨーロピアン系かに分かれてて、僕は断然ヨーロピアン。だってカッコ良かったから。バイト代をつぎ込んで買ってました。」
オシャレな友人も多かったそう。
「ファッションって面白いよね、人間のカテゴリー分けが見た目で分かっちゃうんだから。洋服のテイストでおよその輪郭が分かるでしょ、そして聞いてる音楽なんかでも分かる。ファッションと音楽は密接に関係しているからね。」
鳥井さんの10代の頃は、熱きロック少年だったそうです。
「流行もの大好き(笑)、新しいもの大好き、昔も今も、ミーハーだからね。」
鳥井さんが求める、サービスの形とは?
「スタッフにはよく言っているんだけど、『商品は売るな、自分を売れ』ということ。高い金額を支払って買い物をして下さるお客様が重きを置いているのは、明らかに付加価値の部分。憧れの店員さんに会いに来てくれてるわけだから、売る側は最高の空間演出をし、最高のおもてなしをするんです。プロとして。」
「バックシャンという社名も、つまりは買い物に満足されたお客様の後ろ姿が笑顔であるか、そしてそんな幸せな後ろ姿を笑顔で見送る、という意味を込めて付けました。」
「この20数年間、年中ドタバタしてきました。基本的に攻めの姿勢で、意識がいつも外に外に行ってたように思います。」
しかしここ最近は、ふと自分を振り返ることが多くなってきた。
「うちの販売スタッフ達がお嫁にいくまでは面倒を見てやろう、充実した勤務態勢で責任を取らなきゃな、と。娘の親の気分です。あと忙しすぎちゃうと、一人一人の評価を公平に出来なくなってしまう。見るべきところを見て、取るべき行動まで落とせなくなっている自分に気がつきました。」
「そんな中でも、数年前からの目標だった分社化も実現できたことは喜ばしいことでしたね。うちは女性のスタッフがほとんどなんで、女性達が働きやすい環境を整えるのが一番なんです。今の女性はしっかり頑張って働く方が多いんで、益々活躍して欲しいですね。」
今、鳥井さんが一番目標にしていること。それは会社内部に目を向けて、一緒にこれまで歩んでくれたスタッフの安定、充実を図ることだそうです。
「やっぱり歳は取っちゃったからね(笑)、でも65歳までは続けますよ、それは決めているんです。」
自分の駄目なところを隠す、それはオシャレじゃないよね。隠しきると面白くない。シルエットまで隠したら個性がなくなっちゃう。そのためには多少、着る人が背伸びする、努力するみたいな気持ちが重要かな。洋服に自分を合わせるくらいに、ストイックになってもいいんじゃないかな?」
今は、ファストファッション抜きには語れない時代だ。
「手軽で手頃で、旬のものを着る。それもアリだけど、何にせよ合理的な人が増えたでしょ。若い人もお金を使うことに興味がなくて、貯める傾向が強いよね。不況だから仕方ないかもしれないけど、その年代はその時しかないんだよ!と声を大にして言いたいね。」
宇都宮の街づくりについて、伺ってみた。
「もう行政の力を借りて、みんなで協力して何とかするしかないでしょう。大型デパートだけが台頭している流れに、疑問と不安を感じっぱなしです。商業スペースをもっときちんと整備しないとね。宇都宮自体、今はどこが中心街なのか分からないよね。」
まず街の中心となる通りを一本決める。物販ならここ、ファッションならここ、化粧品ならここ、というようにカテゴライズされ活性化していく街作りに協力したい、と鳥井さんは語った。
「僕ら大人自体に責任がありますよ。たくさんの【自己表現】が都内に流れていってしまわないように、地元・宇都宮がもっと盛り上がるように...もし次に目指すとしたら、街の活性化に少しでも貢献できる人物になりたいよね。」
鳥井政廣さん
2009.11.20 聞き手=松本芳宣 文=松島佐和子
鳥井政廣さん宇都宮中心街のお洒落番長
1954年9月24日、宇都宮市生まれ。高根沢商業高校卒業後、富士重工に入社。後に服飾の専門店に就職。
31歳で独立を果たし、現在、(株)バックシャンプロジェクトの代表取締役社長。その他、(有)ポルトコーポレーション、(有)マンスフィールド、(有)プリーズプランニング、(株)ネロの4つの子会社を持つ。30数店舗のショップを宇都宮市街を中心に、その他各県で運営。
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(株)バックシャンプロジェクト tel.028-636-5388