かつては自衛隊航空部隊に所属、その後たくさんの従業員さんを抱える電気総合資材卸会社を経営されていた坂根さん。60歳を機に会社を引退し、自然溢れる古賀志町に奥様と共に移住されました。「生まれ育った北海道、とまではいかないけど、少し近い環境でね。また何かやってみたいと思ったんだよ。」
最初はホタルの研究などするつもりは無かった、でも偶然に偶然が重なって、今ではすっかりホタルにのめり込んでしまったのだとか。
ひとくちにホタルといっても、世界では2400種類、日本でも49種類もいるのだそうで、その中でも一番すごいのが「ゲンジボタル」なんだそうです。
「こいつ(ゲンジボタル)はうるさい奴でねー。」
水のきれいな清流でないと生きられない、環境にも餌にも一番うるさい。
幻想的なあのホタルの光を見られるまでには数年間にわたる失敗と試行錯誤の連続。
難しいからこそ止められなくなっちゃったんだよね、と坂根さんは笑います。
まず蛍の餌である「カワニナ」の飼育。ゲンジボタルの幼虫は「カワニナ」しか食べない。そしてデリケートなカワニナは、少しでも水の状態が悪いと死んでしまいます。ゲンジボタルの飼育はまずはカワニナの飼育、と皆が口をそろえる程、ここが一番の難関なんだとか。
そして幼虫の生育も非常にデリケート。細心の注意と徹底した管理の元、幼虫は脱皮を繰り返し、終令幼虫へと成熟していくのです。
日々の丁寧な世話はまさに根気の上に成り立っており、これは並大抵の人には出来ない大仕事。
そうして数ヶ月もの間、苦労して水盤で育てた幼虫をいよいよ川に放流するのです。
成熟した幼虫は、川の中で気温や天候の条件の合う時を今か今かと待つ。そしてそれらが叶った日に陸にあがり、土にもぐり込み、土の中で蛹となります。
そして地中で羽化して、また条件の合った時に土をかきわけて地上に出てきてくれるのです。
私達が見る「ホタルの光」は、気の遠くなるような手間と時間、それだけでなく天候や気温などのデリケートな条件が全て揃ってはじめて見られるものなのです。
現在、坂根さんは県内の小・中学校で「ホタル教室」の先生を行っています。
上三川町立明治南小学校では校内にビオトープを創り、子供たちや先生と共に、ホタルの観察や飼育を行っています。この体験を通して、ホタルの光を見る感動だけでなく、モノを創る上での根気や創意工夫、また環境についても、子供たちが考える機会になれば幸せだと坂根さんは言います。
また、自ら立ち上げた「大自然まほろば熟」では、例年「ホタル祭」と称して、地域の演奏家やダンスパフォーマンス、地元料理などを楽しみながらホタル観賞をするイベントを開催し、地元新聞でも取り上げられるなど、地域の文化活動にも積極的に参画されています。
ちなみに自宅兼大自然まほろば熟を構えるこの場所、ブルドーザーで開拓したのは全て坂根さんご自身。ホタルが住める清流も、坂根さんが創った人の川なのです。
「ホタルの中で一番長く光るのがゲンジボタル。そしてそのゲンジボタルの中でも一番長く(4秒間)光ることが出来る種類がいる。そいつら1万匹が一斉に光るとどれだけきれいか分かるかい?」
そう話す目は少年のように輝やいていました。
今も水盤の中で、孵化したばかりの小さなゲンジボタルの幼虫が光輝くその時をじっと待っています。
「たった一瞬のための1年間。」
気の遠くなるような努力と、その優しい気持ちに、心が震えるような感動を持って取材を終えました。夢を持つことが元気の基、そう話す坂根さんはキラキラと輝いていました。
坂根義治さん
2009.8.25 聞き手・文=深澤明子
坂根義治さん栃木県で唯一のホタル研究家
1937 年5月25日北海道十勝更別生まれ。中央大学法学部を卒業後、自衛隊航空部隊勤務。1973年自ら会社を創業し、以来25年にわたって第一線で活躍。60 歳を期に引退し、それからはホタルの里作りがライフワーク。調理師免許も取得、郷土山菜料理研究も手がける。メダカの小学校作り、鈴虫の夕べ、小鳥の宿等、各種のイベントを主宰。
坂根義治さんへの連絡はこちらから
電話:028-612-9770(株式会社大自然)
http://www.daishizen.co.jp